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杉田かおるは女優である、一応。
今はすれっからしでも元々は国民的子役スターだった。 ちなみに「すれっからし」を辞書で調べると… すれっからし 0 【擦れっ枯らし】 〔「すれからし」の転〕何度もひどい目に遭って素直でなくなり、ずるがしこくなること。苦労して人柄が悪くなること。また、その人。 ふむふむなるほど。 子役としてチヤホヤされる→天狗になる→堕落して男と酒に走る 子役スターとしては至極ありがちな苦渋に満ちた路線を歩んだわけだ。 マコーレー・カルキンや宮脇康之なんかも典型的な例ですね。 しかし杉田かおるはそこからなぜ這い上がることができたのか。 去年の年末、テレビで杉田かおるを見ない日はなかったし、ドラマや映画にもちょこちょこ出演し、かなり順調な芸能生活を歩んでいるよう。 この杉田かおるの復活劇は、私にはどうも彼女自身の女優体質によるものに見えて仕方が無い。 つまりテレビを通じて我々は「杉田かおる劇場」を見せられているのではないかと。 彼女は「負け犬」というレッテルを自ら貼り、デンジャラスかつバイオレンスな私生活を披露し、人々のコンセンサスを得て今の地位を築いた。 もちろん彼女自身にその要素や素質はあったと思う。 しかしどこからか、自分自身「負け犬」という役柄を徹底的に演じこんでいたのではないかと。 もちろん芸能人というのは少なからず自分自身を演出しながら生き長らえている特殊な職業である。 ただ杉田かおるの自己演出(推測)はかなり潔い。 「負け犬」で今の地位を築いた彼女は、突然大企業の御曹司と結婚し「負け犬」の地位をあっさり捨てた。 「負け犬」キャラのおかげでここまで這い上がってきたのに、だ。 それはまるで1つのドラマが終わって次のドラマの役柄に変わるように。 結婚当時「負け犬キャラを通してきた彼女は、結婚で今までの路線は歩めなくなるのではないか」と周囲に危惧された。 しかしタレントとしてのスタンスはそのままに、「元負け犬=意外にも勝ち組」という新しいキャラで普通に定着している。 それも彼女の潔さを視聴者が自然と受け入れているからだろう。 杉田かおるは『24時間テレビ』で100kmマラソンに挑戦した。 100kmマラソンというのは、周囲の応援を受けて走っている姿に今までの悪事も全て浄化されてしまうという危険な偽善性に満ちている。 杉田かおるが24時間走り通して武道館に到着したとき。 私も何回かかつてのランナー達が号泣しながらゴールしたシーンを見たが、彼女は何かシレッとゴールテープを切り、あっさりした表情でそこにいた。 このマラソンも「杉田かおる劇場」の1幕であったように思った。 女優や俳優というのは実に不思議な職業である。 自分とは違う人物になり金を稼ぐ。 そして不特定多数の視聴者はその役柄とダブらせてその人を見る。 幼い頃から女優として生きてきた杉田かおる。 多感な時期に周囲の人々が捕らえる像とのギャップに晒されてきたであろう彼女は、いっそのこと「杉田かおる」という役柄を演じることによってギャップを埋めようとしているのではないか。 杉田かおるが昔出した写真集のタイトルが「女優ごっこ」というのもなんとなく意味深である。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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