『悪魔のいけにえ』
1974年のアメリカ映画。もうすぐ公開される『テキサス・チェーンソー』のオリジナル版にあたる。監督は『ポルターガイスト』『スペースバンパイア』などのトビー・フーパー。アメリカで実際に起こった「テキサス州電ノコ虐殺事件」を基にしている。若い5人の男女がテキサスをドライブしている最中に、1人のヒッチハイカーが現れる。その男は突然カミソリを取り出し自分の手を切り付け、5人にも襲い掛かる。なんとか男を追い出した彼らは、ある一軒家に立ち寄る。楽しいバカンスになるはずだった旅は、とんでもない惨劇に変わる…。狂ってる。とにかく常軌を逸している。思わず肌が粟立った。『悪魔のいけにえ』というタイトルからしてグログロのスプラッタ映画を想像しがちだが、実際はそれほどのスプラッタ描写は無い。ショッカー映画のように、音で驚かせるようなビックリ箱的な要素もほとんど無い。では何が怖いかというと、人皮で作った覆面をかぶったデブの殺人鬼「レザーフェイス」がチェーンソーで若者を切り刻む理由が全く描かれていないことだ。多くのサイコ・ホラーは殺人鬼の心理面を探りたがるが、この映画ではそんな理屈を語らず、殺人鬼はただ人を切り刻み続ける。非常に即物的な映画である。泣き喚くヒロインを執拗なまでに追いかけるレザーフェイスは、デブのくせに動きが敏捷である。チェーンソーを持ったデブが理由も無く走ってくる、そんな不条理感が正気の沙汰ではない。物語自体もとてもシンプルで、ラストにどんでん返しもない。しかしそんなシンプルなストーリーだからこそ、殺す側と殺される側の切迫したテンションがビンビン伝わってくる。16ミリフィルムで撮影されたという映像も、まるでドキュメンタリーを観ているかのようなリアルさを演出するのに一役買っている。低予算だからこそできた恐怖がここにはある。トビー・フーパーの演出も冴えている。ときどき挿入される、なんだかよく分からないけど禍々しいカットも効果的である。人殺し一家の爺さまがミイラのような風貌で、女の生血をチューチュー吸うシーンも印象的だった。レザーフェイスも他の映画の殺人鬼と異なって、どうしていいかわからずオロオロするような人間臭い一面を見せる。そんなちょっとしたユーモアも挟み込まれているホラー映画である。ラストの夕日をバックにレザーフェイスが狂喜のダンスを披露するシーンは、ホラー映画でありながら崇高さに満ちている。しかしその余韻に浸る間もなく、映画はバッサリ切り落としたように終わる。そんな後味の悪さもこの映画の異常性を物語っている。極力余分なものを切り落として、冷徹なまでに客観的に描ききったために残虐性が際立っている。確かにホラー映画の名作と言われるだけある。金をかけなくても印象的な映画を作ることができる、ということを立証した映画の1つである。★★★★☆