カテゴリ:音楽
あの青ざめた海の彼方で
今まさに誰かが痛んでいる まだ飛べないヒナたちみたいに ボクはこの非力を嘆いている 急げ悲しみ 翼に変われ 急げ傷跡 羅針盤になれ まだ飛べないヒナたちみたいに ボクはこの非力を嘆いている 夢が迎えに来てくれるまで ふるえて待ってるだけだった昨日 明日 ボクは龍の足下へ 崖を登り 呼ぶよ「さあ、行こうぜ」 銀の龍の背に乗って 届けに行こう いのちの砂漠へ 銀の龍の背に乗って 運んでいこう 雨雲のうずを Ah~ (中島みゆき 銀の龍の背に乗って) ドラマ「Dr コトーの診療室」の主題歌です。 ドラマの内容はここでは書きません。でも、この 歌を紹介したいと思います。 「ボクはなんで牧師になったのか?」いろいろな ことが言えますが、一言で言うならば、 「だれかが幸せになれるお手伝いをしたかった」 ということです。10代の半ばごろからボクは そのことに自分の人生をささげたいと思っていました。 (なぜそう思ったかは、またいずれ) そしていろいろなボランティアに打ち込んだ結果、 わかったことは、自分にはそんなことはムリだ、 そんなに愛の深い人間ではない、ということでした。 しかし、限界を感じ、挫折を覚えたボクにとって、 主イエス様はそのお手本、見本のような方として 見えました。主イエス様はまさにそのために みずから痛みを負われ、十字架にかかられました。 そう、本当は人を愛せない、自分勝手なボク自身のために。その主イエス様の愛に感動し、その感動を分かち合いたい、そして、この限界の無い愛(聖書でいうアガペー 犠牲の愛)によってしかいやされない人々に この愛を伝えたい、 それがボクの牧師としての原動力です。 実際は今でも「まだ飛べないヒナたちみたいに」 自分の非力を嘆く毎日です。でも、ボクの 悲しみが翼になって、ボクの傷跡が羅針盤に なって、この壮大な夢、ふるえて待つだけじゃなく、 銀の龍ならぬ、イエス様のワシの翼に乗って、 いのちの砂漠へいのちと希望を届けに行きたい。 イエス様がいてくれるから、小さな幸せでも きっと運んでいけるはず。そして、その小さな 幸せで、誰かが「生きててよかった」って思って くれたらそれで、ボクの人生は大成功なのです。 そう思っているボクにとって、この歌はとても 勇気づけられる歌でした。神様のこと、イエス様の ことが歌われているわけではないけれど、 (中島みゆきさんもそんなことは意識しては いないはずだけれど)ボクには、主イエス様からの エールのように聞こえました。 チャンスがあったら、皆さんも聞いてみてください。 PS この歌、声の高いボクにとっては、カラオケで 気持ちよく絶唱できる歌の一つです。 そういえば息子がカラオケ行きたがってたな。 そのうちに・・・へへへ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[音楽] カテゴリの最新記事
|
|