炎のランナー
わが燃えたぎる黄金の弓をもて欲望の矢を、槍をもて雲よ散れわが炎の戦車をもて(『ミルトン』より ウィリアム・ブレイク)この作品は、内容よりむしろ挿入曲として使われている音楽の方が有名で、誰もが一度は耳にしたことがあるのではなかろうか。もちろん、アカデミー賞では作品賞のみならず、作曲賞も受賞しているので、そのインパクトたるや並々ならぬものがある。脚本も実在の人物や、実際に起こった出来事に基づいて書かれているため、説得力のある展開となっている。注目すべきは、イギリス映画としての格調高さ、そして英国人気質の特性であろうか。 選手がオリンピックに出場するまでの様々な葛藤や苦悩が、見事に表現されていて、全編を通して飽きさせない。舞台もイギリスのケンブリッジ大学だったり、フランスのパリだったり、視覚的にも優雅で上品な仕上がりとなっている。1919年、イギリスはケンブリッジ大学に入学したばかりのハロルド・エイブラハムズは、ユダヤ人ということもあり、小さいころから差別意識を持っていた。本当の意味での英国人になりたいと、陸上競技に全力を注ぐことで、内面の鬱屈を晴らしていた。一方、スコットランドのエリック・リデルは、やはり俊足の持ち主だったが、宣教師としての仕事もあり、陸上競技と両立してやっていくのが難しい状況にあった。また、エリックの妹ジェニーは、兄がますます競技に熱中し、伝道活動がおろそかになることに批判的だった。そんな中、選手たちはパリ五輪に向けて必死のトレーニングを積むのだった。世界のどこにも差別問題はある話だが、ユダヤ人に対する差別も特に根が深い。また、徹底したキリスト主義者にとって、信仰とか布教のための伝道活動は、絶対的なもののようだ。こういう文化・伝統の違いを知るのに相応しい教材であるのと同時に、いかにイギリスという国家が権威主義的であるかが垣間見られる。とはいえ、古き良き時代のオリンピック選手らが陸上競技に情熱を燃やし、様々な葛藤や苦悩に苛まれながらも、栄光を勝ち取る姿が清々しく描かれている、すばらしい作品だった。1981年(英)、1982年(日)公開【監督】ヒュー・ハドソン【出演】ベン・クロス、イアン・チャールソン