読書案内No.127 井上ひさし/新釈遠野物語 常識を打ち破ったシュールレアリズムの世界
【井上ひさし/新釈遠野物語】◆常識を打ち破ったシュールレアリズムの世界明治時代に書かれた柳田国男の『遠野物語』はあまりにも有名だが、実は、私は読んでいない。古典的な香りがプンプンするし、日本民俗学などというカテゴリに分類されているだけで、拒絶反応を起こしてしまう。それに引き換え、井上ひさしの『新釈遠野物語』なら、「現代の怪異譚」と紹介文にもあるので、わりに取っつき易いだろう、、、そう思って手に取ったしだいである。 『ひょっこりひょうたん島』を手掛けた放送作家として有名な井上ひさしは、上智大学文学部卒業。代表作に『吉里吉里人』『不忠臣蔵』などがある。山形県出身の井上だからこそ、東北には並々ならぬ思い入れがあり、「新釈」を書くに至ったのかもしれない。作品は、大学を休学してバイトをやっている「ぼく」が、山で出会った老人から聴いた話を書き留めたもの、という設定となっている。ところが巻末の解説によると、井上自身、「大学に失望して休学届けを出し、当時母親が住んでいた岩手県釜石市に帰省して、やがて国立釜石療養所の事務員となった」とあり、小説の冒頭部に描かれている「ぼく」の状況が酷似している。おそらく自分で自分をモデルにして「ぼく」というキャラクターを作り上げたに違いない。その「ぼく」が、遠野近くの山の中の穴ぐらに住む犬伏老人と出会い、あれこれとおもしろおかしい物語を聞かせてもらうのだ。 犬伏老人から聞かせてもらう話はいくつかあるが、その中でも私が好きなのは、『雉子娘』『冷し馬』そして『狐つきおよね』の3本だ。「雉子娘」は正統派の伝説で、「日本むかしばなし」でも放送されたことのある物語だ。涙なしでは読めない結末である。「冷し馬」は衝撃的だ。私がこれまでに読んだことのない、人間の女性と牡馬との禁じられた愛とエロスの物語なのだ。あってはならない行為が、この小説の中では平然となされていて、もはや想像を超えた領域に、読者はパニック寸前になること間違いなしだ。そしてさらに、「狐つきおよね」、これもまた民話とはいえ、あまりにも生々しく妖艶で、どこか滑稽だ。人間の娘が狐に憑かれている話なのだが、それだけではなく、狐と交合しているという場面が出て来るからヤバイ。 「およねの寝所の蚊帳の中には狐がいた。そいつは人間ほどの背丈のある大狐で、おまけに毛は白かった。そしてやつは、およねの開いた股の間に躰を入れて、腰を前に突き出しては引き、突き出しては引きしている。」 なんだかとんでもない新釈となっている(笑)だが、もともと私はシュールレアリズムが大好きなので、こういう話は大歓迎である。常識ばかりにこだわった、堅苦しい小説には肩も凝るが、井上ひさしの新釈は昔話なのに反って斬新で瑞々しい!サプライズの連続で、ページをめくるのさえもどかしい。『新釈遠野物語』は、R-18(?)と指定させて頂いた上で、一読をおすすめしたい。最後のどんでん返しで見事なオチをつけている。明日のことでくよくよ悩んでいるそこのあなた、この『新釈遠野物語』を読んで、新しい世界観を感じて下さい! 「新釈遠野物語」井上ひさし・著☆次回(読書案内No.128)は田中慎弥の「切れた鎖」を予定しています。★吟遊映人『読書案内』 第1弾はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾はコチラから