舟を編む
【舟を編む】「馬締君、君は大学院で言語学を専攻していたらしいね」「はい」「それなら、“右”という言葉を説明できるかい?」「えっと、、、西、を向いた時、北にあたる方、、、が右。あ、他にも保守的思想を右という、、、」『舟を編む』は、ウィキペディアによると「女性ファッション雑誌CLASSY.に連載され、2011年9月16日に単行本」化された作品とのこと。著者は三浦しをんで、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのある売れっ子作家である。この『舟を編む』では本屋大賞を受賞し、ベストセラーとなり、さらには2013年に映画化もされ、米アカデミー賞の日本代表として出品された。(この年の話題作に、『そして父になる』もあったが、結果として『舟を編む』が選出された。)そんな『舟を編む』は、内容が内容だけにとても地味な作品であることは否めない。小説を読んでいないため、原作にある深い味わいというものがどれほど映像から伝わって来るのか比較もできないが、少なくともほのぼの感は十分に味わえる。ただし、主役である松田龍平がインタビューに答えたように、「はじめに台本を読んだときは、ちょっと漫画的」だと思ったようで、私も映画を見た時、全く同じ感想を抱いてしまった。1995年の辞書編集部というものの状況がこうだったとして、そこに在籍する社員のキャラクター像が、絵に描いたようなマンガチックな面々で、見る側としては若干の戸惑いは隠せない。とはいえ、そこは役者魂を見せてもらいました!一人一人が気を使った演技で、極端に不自然なリアクションや無駄なセリフを省いた努力が見られ、静謐な日本映画の典型とも言える作品に仕上げられていた。 ストーリーは次のとおり。1995年、玄武書房の辞書編集部では、ベテランの荒木が定年退職を間近に控えていた。地味で単調な作業の繰り返しである辞書編集部に、すぐにも荒木の後継者を迎えなくてはならない状況となった。白羽の矢があたったのは、営業部に在籍する馬締光也で、名前のとおりマジメだけが取り柄のパッとしない人物だった。しかし、大学では言語学を専攻しており、荒木が「右について説明できるか」と質問したところ、その問いに答えられるだけのセンスを持ち合わせていた。こうして馬締は辞書編集部に異動となった。そこでは、新しく刊行する辞書である“大渡海”の編纂メンバーの一員として、辞書の奥深い言葉の世界に、日夜没頭していくのだった。 主人公・馬締光也に扮するのは松田龍平だが、さすがに人物像をよくよく研究し、表情一つ、セリフの一言にしても、丁寧に演じていた。また、この作品中、唯一のムード・メーカーである西岡役のオダギリジョーもとても良かった。チャラ系で明るく社交的、馬締とは対照的なキャラクターでありながら、この人物の役割は非常に効果的だと思った。さらには、国語学者であり“大渡海”の監修を務める松本先生役の加藤剛。もう何とも言えないベテランの演技を見せてもらった。俗語や流行語なども取り入れて、他の辞書にはない新しく進歩的な中型国語辞典を作るのだ、という意気込みが視聴者の胸にビンビン響いて来るような言い回しだった。お見事。 これだけ電子化が進む世の中で、あえて紙の辞書を作るという、いわばアナログな世界観がどれだけの人たちに感銘を与えるものなのか分からない。だが、古き良き昭和への感傷的な意味も含めて、たまにはこういうほのぼのとした映画も鑑賞してみたいものだ。~ご参考 「右」~三省堂 新明解国語辞典2013年公開【監督】石井裕也【出演】松田龍平、宮崎あおい