読書案内No.176 柳美里/潮合い(『家族シネマ』より) いつか、いじめは根絶できるのか?
【柳美里/潮合い(『家族シネマ』より)】◆いつか、いじめは根絶できるのか?世間ではいじめを扱った作品がはいて捨てるほどある。そのほとんどが、いわゆる青春小説というカテゴリにあり、ティーンを対象にしたドラマチックな内容となっている。これでもかこれでもかといじめ倒し、いじめる側の執拗なまでの陰湿な行為をあぶり出す一方で、読者の正義感を引き出そうという作品のねらいに、かえってしらじらしささえ感じてしまうこともある。いじめというものは、それほど簡単に根絶できるものではないからだ。社会が平和であっても戦時下であっても、いじめの質の違いこそあれ、まずこの世からなくなるものではない。 柳美里の初期の作品である「潮合い」は、転校生を徹底的にいじめ倒す内容となっている。芥川賞受賞作である『家族シネマ』の文庫を買うと、同刊に収められている。いじめには、いじめる側、いじめられる側、その双方に問題があるとか言われているが、私にとってそんなことはあまり問題ではない。当事者の抱えている家庭の事情など、どれほど辛く苦しい背景が隠されているか、ということもさして気にならない。現実は、そこにいじめが存在しているというその一点に他ならない。 「潮合い」のあらすじはこうだ。小学6年生の2学期、麻由美のクラスに一人の転校生がやって来た。その少女は安田里奈と言い、男子たちが妙にそわそわするだけのルックスをしていた。とにかく目立つのだ。目立つと言っても、表情はほとんど変わらず、一切だれともしゃべらず、ただその存在だけが目立っていた。麻由美はイラっとした。だいいち、2学期に転校して来ること自体、ヘンだと思った。あと半年もすれば卒業だからだ。きっとわがままで、前の学校では問題児だったに違いないと思った。麻由美はまず、里奈の髪につけているリボンにイラだった。ムリヤリ剥ぎ取ってやった。住んでいるところを聞くと、「わからない」と答えたため、麻由美は再びイラっとした。バカ呼ばわりし、ホームレスだと言ってやった。麻由美は数人の女子たちと里奈の服装について冷やかし、パンツを脱げと、みんなで一斉にはやしたてた。さらにはプールで泳げと命令した。びしょ濡れの里奈に気付いた担任の田中は、その場の状況をつかもうともせず、「転んで落ちたのか?」と、見当はずれのことを言った。熱血教師気取りよろしく、「先生はいじめがあったなんて信じない。先生はいじめが大っ嫌いだ」などと生徒たちに涙ながらにいじめを否定するのだった。 私はこの短篇を読んだとき、これは本物だと思った。まるでキレイゴトから唾を吐くように、リアリティのある、憂鬱でけだるい思春期を表現しているからだ。いじめをなくそうとか、いじめのない社会を、などと説教くさい意味合いはまるでない。 いじめはあります、それが何か? という突き放したようなクールな視線を感じるのだ。いじめの問題はおそらくきっと、今後も世間を騒がせるに違いない。だからと言って改善策を取らないというのも無責任な話だが、まずは子どもたちに強い心を持って欲しいというところだろう。さて、みなさんはいじめ問題をどう考えるだろうか? 『家族シネマ』より「潮合い」柳美里・著★吟遊映人『読書案内』 第1弾はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾はコチラから