横山光輝「三国志」第六巻
【横山光輝「三国志」第六巻】「龍は小さくも大きくもなり、小さくなれば沼に隠れもするが、いったん大きくなれば雲を呼び、霧を吐き、天空を駆け巡る。龍は天下の英雄にもたとえられよう」人は皆、自分のルーツに興味を持つ。「自分とは何ぞや?」と内観した際、いやでも両親の家系をひもときたくなるものだ。たとえ未婚の母から生まれた子であっても、母一人だけの力でこの世に生を受けたわけではない。必ず父という存在がある。己が何者であるかを知るのはなりゆきではなく、意志なのだ。 第六巻では、天下随一の武勇を誇った呂布も最期を遂げる。アニメでは、はらはらと降りしきる雪原の中、仁王立ちとなり一身に矢を受ける弁慶の如く絶命するシーンで終わっているが、史実はかなり無様な最期だったようだ。劉備に罰を軽くするよう口添えを頼んだり、曹操には涙を流して命乞いをしたという記録がある。呂布ともあろう人物には、似つかわしくない小心者ぶりだ。ただ、これまでのいきさつを見ても、最初の養父・丁原を殺害し、次なる養父・董卓さえも次々と裏切った悪行は、決して許されるものではなかろう。 話を戻そう。劉備はもともとしがない草履やむしろ売りで、日々の糧にも困るほどだった。ところが母親がそのルーツを明かすことで、がぜん自分という存在が明確になるのだ。劉備は中山靖王の末裔、孝景皇帝の遠孫にあたる劉雄の孫、劉弘の子だという。三国志第六巻においても、劉備が献帝に拝謁した際、そのルーツを問われ、劉備は堂々と答えている。献帝はすぐさま皇室系図で確認をし、劉備が天子の叔父の世代にあたることが判明する。劉備にとってのルーツとは、アイデンティティそのものであり、己を知るための再確認でもあるのだ。 さて、あらすじはこうだ。徐州の呂布のもとにいて、画策を続けていた陳珪、陳登父子の助力により、曹操と劉備は呂布を討つことに成功する。都へ凱旋した曹操は、劉備を献帝に会わせ、手柄の報告をさせる。天子は劉備の姓に興味を持ち、そのルーツを問うと、劉備が帝の叔父の世代にあたることがわかった。天子は大いに喜び、叔父・甥のあいさつを交わす。一方、曹操は虎視眈々と天下を取る機会を狙っていた。ある時、曹操は天子を招いて狩猟を楽しんだ。その際、劉備、関羽、張飛も随行した。天子の前を大きな鹿が駆け出すのを見つけ、天子は張り切って弓を引くのだが、矢は当たらない。3本ほど射かけても、1本も当たらない。そこで隣にいた曹操に「そちが射とめてみよ」と言う。曹操は遠慮もせずに天子の弓矢を借りると、ものの見事に鹿に命中した。遠方で猟場を取り巻いていた文武の百官らは、金色に輝く矢が鹿に当たったのを見て、てっきり天子の射た矢であると勘違いしてしまい、大絶賛。そこで曹操はすかさず天子の前に立ちふさがり、鹿を射たのは自分であると豪語するのだった。あまりの無礼さゆえ、関羽が思わず刀に手をかけるのだが、だれよりも惨めな思いに打ちひしがれるのは天子であった。天子は曹操に対し、ある一つの決断を下すのだった。 さて三国志第六巻では、次の4話から成っている。 第21話 月夜の同士討ち第22話 呂布雪原に散る第23話 放たれた虎第24話 張飛の兵法 見どころはやはり、劉備と曹操が訣別するプロセスだろう。これまでは、何かと曹操の才覚に一目置いて、一歩引いたところに立ち位置を決めていた劉備だったが、度重なる曹操の帝に対する非礼に、ついに反旗を翻すのだ。結果、帝の忠臣をはじめとする血判状に、劉備の名も連ねることとなる。 三国志では、曹操が国家の逆賊として徹底的に悪役を引き受けているが、実際はなかなかの風流人なのである。梅の林に席を設けて酒を酌み交わしたり、詩を吟じたりする様は、曹操にはあっても、劉備にはまず見られないからだ。英雄たちの個性の違いを楽しむのも一興。三国志はロマンであふれているのだ。 【発売】2003年 【監督】奥田誠治ほか 【声の出演】中村大樹、松本保典※ご参考横山光輝「三国志」の第一巻はコチラ第二巻はコチラ第三巻はコチラ第四巻はコチラ第五巻はコチラ