ビッグ・アイズ
【ビッグ・アイズ】「君に一つ質問があるんだ。なぜこんなに目だけがバカでかいの?」「人は何でも目を通して見るでしょ? 目は心の窓なのよ」昨年の春、水森亜土の原画展に行って来た。四十代、五十代の女性にとって、水森亜土の描くメルヘンチックでポップなイラストは、思わず自分が「女子」であることを思い出させる魅力があるものなのだ。もちろん会場は大盛況。幼いころ、水森亜土のイラストが入った文房具を、女の子ならだれもが持っていた。とにかく人気だったのだ。私は『ビッグ・アイズ』を見たとき、すぐに水森亜土のことを思い浮かべた。水森亜土の作品は一目で彼女が描いたものだとわかる。芸術的価値はさておき、それほど個性的で魅力のある画風だからだ。『ビッグ・アイズ』では、瞳の大きな女の子が特徴的な画風で世間の注目を集めたイラストレーターの伝記を描いている。メガホンを取ったのはティム・バートン監督で、彼自身も『ビッグ・アイズ』をめぐる事件の真相に驚いた一人であり、「映画化を熱望した仰天の実話」とのこと。 ストーリーはこうだ。舞台は北カリフォルニア。マーガレットは幼い娘の手を引き、逃げるようにして家を出た。夫と別居することにしたのだ。マーガレットは食べていくために家具屋の絵付けをしたり、似顔絵を描くなどして生計を立てていた。あるとき、サンフランシスコのノースビーチ野外展示会において、一人の男と出会う。ウォルター・キーンと言い、明るく陽気で話し好きの男だった。マーガレットはウォルターの明るさと話術にずいぶんと癒され、心を許し、やがて結婚する。そんな中、ウォルターはマーガレットの描いた「ビッグ・アイズ」に目を留めた客に、自分が作者であるとウソをつく。だがウォルターの巧みなビジネス交渉で、思いがけずマーガレットの絵が売れ始める。マーガレットは、自分が実際の作者であるにもかかわらず、黙して語らず、絵の製作をすすめていく。とはいえ、愛する娘をも欺き、アトリエには決して入らないようにさせ、徹底して夫が描いているように見せかけるのには限界を感じた。マーガレットは、徐々に夫の横暴なやり方に不満を募らせてゆくのだった。 この作品を見て感じたのは、だれかに依存して生きるというのは、ある種、危険なことではないかと。というのも、「ビッグ・アイズ」の本当の作者であるマーガレットは、精神的にも経済的にも男性に依存し過ぎたのではなかろうかと思ったのだ。もちろん、1950年代当時のことなので、今のように女性が生き生きと社会に出て働くことが叶わなかったのは事実である。また、キリスト教圏であることから、宗教的教義もあって、「家計も家庭のルールもすべて夫に従う」のが当たり前だったのだ。だがそんな状況のマーガレットも、自分を取り巻く環境の変化や、夫ウォルターの身勝手な態度やふるまいに耐えきれず、別居を決意。ハワイに移住する。そこで出会うのが「※エホバの証人」というキリスト教系新宗教の伝道者だった。(※カトリック・プロテスタントからは異端とされる。フランスなどではカルト教団と指定されている。参照:ウィキペディア)マーガレットは良くも悪くもその宗教との出合いにより、夫からの呪縛から解かれていくのだ。夫への依存から宗教への依存へと移行していく様子は作品には描かれていない。だが、そういう状況は容易に想像できるから不思議だ。 『ビッグ・アイズ』は、現在80代後半になる実在のイラストレーターの半生を描くものだが、働く現代女性へのエールにも思える。しがない家庭の主婦が夫との別居から始まり、一人娘を育てていくために、得意の絵で生計を立てていく。再婚しても波乱の人生からは逃れられず、やがて夫と法廷闘争へともつれ込むという結末は、あまりにドラマチックである。(だからこそ映画化されたのだが)とはいえ、どんなに苦しく過酷な状況でもなんとかなる、どうにかなるのだと、ちょっぴりの楽観性と励ましをもたらしてくれる。 口下手で内気なマーガレット役に扮するエイミー・アダムスと、自分勝手で虚言癖のあるウォルター役のクリストフ・ヴァルツ。2人の演技も見ものである。 2014年(米)、2015年(日)公開【監督】ティム・バートン【出演】エイミー・アダムス、クリストフ・ヴァルツ