アメリカン・ドリーマー
【アメリカン・ドリーマー】「あなたが成功したのは努力と幸運と魅力のおかげと思ってるの?! とんだアメリカン・ドリームね! でも成功は幸運のおかげじゃないわ! 私が汚い仕事を引き受けていたからよ!」オリジナル・タイトルは『A Most Violent Year』なので邦題とはだいぶ趣きが異なる。フツーに訳せば「最も危険な年」となるわけだが、ちょっと自信がなかったので英文学科の教授のサイトをのぞいてみたら、「最上級だが冠詞が“the”ではなくて“a”なので、“とても危険な年”という意」と訳されていた。さすがだなぁ。というわけで、「とても危険な年」について解説しよう。『アメリカン・ドリーマー』の舞台となるのは1981年のニューヨークである。当時、私は小学校低学年なので、ニューヨークといえば最近の明るく華やかで都会的なイメージしか思い浮かばない。だが実際は人種のるつぼと皮肉られた街であり、良くも悪くも移民たちの影響を多大に受けたのだ。治安はサイアクだし警察組織も汚職にまみれ、二進も三進もいかないような状況だった。その証拠に作中に登場する列車の壁という壁すべてにイタズラ描きがされていて、とても落ち着いて乗られるような状態ではない。さらには路上で事件、事故が起こって負傷者がいても、誰一人として近寄ることはなく、素通りなのだ。だが仕方ない。それもこれも自衛のためだからである。そんな最悪な治安状況下における主人公アベル・モラレスを追う物語だ。 ストーリーは次のとおり。1981年ニューヨークが舞台。移民のアベル・モラレスは、ギャングだった妻の父から譲り受けた小規模な石油会社を大きくしようと切磋琢磨していた。事業拡大のために必要な土地を全財産投げ打って購入しようと試みるものの、なかなか一筋縄ではいかない。同業者の反感を買い、次々と石油タンクローリーが何者かに強奪されたり、アベルの育てた新人営業マンが暴行を受けるなどの大惨事に見舞われた。だがアベルは企業理念として掲げているクリーンなビジネスをモットーに、自衛のための銃を持つことを良しとせず、マフィアとも黒い関係を持たないよう正当な銀行から融資を受けるべく必死に努力する。そこまで徹底した経営努力にもかかわらず、なぜか警察がアベルの会社に脱税の嫌疑をかけ、家宅捜査を行うのだった。 オリジナル・タイトルの「とても危険な年」の意味合いが終盤になってハッキリする。主人公アベルは、一見クリーンで高潔な経営者である。夜道、車を走らせていると鹿をはねてしまう場面がある。助手席に乗る妻アナは、まだ息のある鹿がかわいそうだから息の根を止めて欲しいと言う。アベルは車を降りて、渋々鹿に近づくが殺すことができない。それを見かねたアナは、さすがギャングの娘だけあり、躊躇なく銃で撃ち殺す。このときはまだアベルの人間としての弱さや優しさが見え隠れしていて、反ってアナの非情なまでの仕打ちが恐怖にさえ感じられる。ここからはネタバレになるけれど、クリーンにやって来たはずのアベルが銀行に融資を断られどうしようもなくなったとき、アナは夫婦の名義で作った預金口座があると言う。だがそれはアナが秘かに帳簿をごまかして脱税したお金だったのだ。それを知ってアベルは怒鳴り散らしてアナの不正行為を詰るが、結局、その脱税したお金を使って念願の土地の所有権を我が物にするのである。ラストはもっと残酷だ。アベルの会社で雇っていた移民の青年が自殺に及んだとき、たまたま銃弾がオイルタンクに当たってしまいタンクから石油が流れ落ちる。今までのアベルなら何を置いても自殺した青年に駆け寄って声をかけるはずだが、今や彼は変った。タンクから漏れる石油がもったいないので、まずはハンカチを丸めてそれを塞ぐのだ。このアベルの変わりようは見事なもので、「お金が第一である」と、セリフにはないのにその態度や表情から伝わって来るのだから不思議だ。結局、キレイゴト言ったってお金がなければどうしようもないのだと現実を突き付けられているようで、心がヒリヒリするようなくだりとなっている。 わずかなシーンだが『ナイト・クローラー』にも負けない、演出を抑えたカーチェイスもとても良かった。全体的に抑制の効いた演出で、派手なアクションがないだけに地味だが、すばらしい作品だった。 2015年公開【監督】J.C.チャンダー【出演】オスカー・アイザック、ジェシカ・チェステイン