読書案内No.189 ビートたけし/ヒンシュクの達人 ビートたけしが大衆のホンネを代弁する
【ビートたけし/ヒンシュクの達人】ビートたけしが大衆のホンネを代弁する毎月何百冊という新書が出版され、売れなければすぐに絶版になっていくという流行り廃りの激しい新書業界の中で、ビートたけしの著書はスゴイことになっている!『ヒンシュクの達人』は、初版が出てすでに4年も経っているのに6万部を超えるロングセラーなのだ。大学生の息子が読んでいたので、どんなものかと借りて読んでみたのがきっかけなのだが、内容は芸人の語り口とは思えないほど至極まっとうなことを述べたものとなっている。(とはいえ、パリパリの江戸っ子口調だが)今の時代、偉そうに御託を並べて説教なんかたれてる本なんか誰も読まない。かと言って、著名な学者がゆとり世代にもわかりやすく政治のことなど語ったところでその本が売れるかどうかはわからない。その点、テレビでお馴染みの顔がおもしろおかしく世の中のことをぶった切ってくれたら、大衆は大喜びである。自分が腹の内で思っていることを誰かが代弁してくれることほど痛快なものはないからだ。若者のみならず、幅広い年齢層から支持されること間違いなしである。ビートたけしは長年の芸能生活で、その辺の機微をよく知っている。これも一つの才能なのだ。「天才」と言われる所以かもしれない。 『ヒンシュクの達人』は、「週刊ポスト」に連載されていた“ビートたけしの21世紀毒談”というコラムをまとめたものである。(大幅に加筆もあり)なので内容は多岐にわたっており、政治家のことから震災以降の死生観、芸人論に至るまで様々だ。私がとくに着目したのは、1994年に起こしたバイク事故からたけしの「人生が丸っきり変わって」しまったというくだりである。生死の淵をさまよった人から時々聞くのは、「人はいずれ死ぬ」という死生観である。今さらだが、オウム真理教の麻原彰晃でさえ声高に叫んでいる。「人は死ぬ、必ず死ぬ、絶対に死ぬ!」と。たけしはバイク事故で昏睡状態となり、そこから生還したこともあってか、次のように語る。 『どんなに長く生きたいと願ったって、そうは生きられやしないんだ。「あきらめ」とか「覚悟」とまでは言わないけど、それを受け入れると、何かが変わっていく気がするんだよ』 とはいえ、人は未知の経験には絶対的な恐怖を抱いてしまう。こればっかりは仕方がない。あの世から死後の世界を楽しげに語ってくれる人でもいない限り、たいていは恐怖や不安に囚われ、神仏にすがりつくのが関の山なのだ。 また、著書には教育論についても言及しているが、これがまた「そのとおり!」と拍手したくなる内容である。私は大正生まれの父と、昭和一桁生まれの母に育てられたこともあり、すでに幼いころより「人間は決して平等などではない」と教わって来た。「努力したって報われないことの方が多い」ということを刷り込まれて来た。なので昨今の風潮として、「夢は必ず叶う」とか「一生懸命努力すれば絶対に報われる」などというキレイゴトに、社会の無責任さを感じていた。「叶わない夢は、その人の努力が足りない」などとしたり顔で物申す人がいるけれど、よくもそんないい加減なことが言えたものだと思ったぐらいだ。その点、たけしがちゃんと釘を刺してくれている。 『「夢」とか「努力」って言葉で、才能がないヤツはいくらやったってダメだっていう真実を、覆い隠そうとしているようにしか見えないんだよ』 たけしのスゴイのは、「じゃあどうすればいいのか」という解決策まで提案してくれるところだ。 『人間は決して平等じゃない、努力したって報われないことのほうが多いっていう厳しい現実を、子供の頃から親の責任で叩き込んでおいてやるってことなんだよ』 つまり、親は「おまえには才能がない」と子供に現実を教えてやるのも教育の一つなのだということだ。忘れていけないのは、そんな夢破れた子供のために「逃げ道」を用意し、どんな状況でも生きていけるよう強い心を育ててあげることなのである。たけし流の教育論は、ややもすれば「夢も希望もないじゃん」と批判もあがりそうだが、長い目で見たとき、実はそれこそがまっとうな教育のあり方なのだということがよくわかる。年齢性別問わず、寝転んでお菓子をポリポリ食べながらでも、頭にスッと入っていく『ヒンシュクの達人』をみなさんにもお勧めしたい。 『ヒンシュクの達人』ビートたけし・著※ご参考まで、≪ART TAKESH≫よりビート氏の描く隅田川の花火です。★吟遊映人『読書案内』 第1弾はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾はコチラから