読書案内No.190 愛と幻想のファシズム(上・下巻) 自然が弱者を淘汰し、強者だけが種として生きながらえるのだ
【村上龍/愛と幻想のファシズム(上・下巻)】自然が弱者を淘汰し、強者だけが種として生きながらえるのだ『国民のみなさん、プライドを持って下さい、卑屈になってはいけません、日本は二千数百年の歴史を持ち、高い文化水準と優れた伝統を持つ独立国です、敗戦を体験しても、そこから這い上がり、奇蹟といわれる復興を成し遂げました、今こそ、胸を張らねばなりません、思い出して下さい、1945年の5月から8月15日まで、日本は一国で全世界を相手に戦い抜いたのです、そして、日本は世界で唯一の、核戦争を生き抜いた国なのです』久しぶりのブログ更新で不思議な新鮮さを味わっている。すでに何年も前に読了した本を再び手に取るという、普段はしないようなことをしたせいかもしれない。もう一度、過去の漲るような熱い記憶を取り戻したいと思ったからである。 私は村上龍の『愛と幻想のファシズム』を読んだ。この作品は1984年1月~1986年3月までの間、「週刊現代」に連載された小説である。当然、私はリアルタイムで読んだわけではなく、平成の時代に突入してから友人にお借りしたのがきっかけで、ハマってしまった。ジャンルとしては、ウィキペディアによれば、政治経済小説というくくりになっているが、SF小説と捉えても問題はないと思う。 村上龍の作品は何冊も読んで、深い感銘も受けたし、若いときは素直に「カッコイイ」と思った。とんがった物の見方・考え方は、頭のカタい大人たちをせせら笑ってやるほどのパワーがある。そこには、何もかも破壊し、木っ端みじんにして新しく再生することへの挑戦とか欲望とか、若さだけでは成し得ないエネルギッシュな光を見た気がしたのだ。ところがどうしたことか。アラヒフとなった私が、この長編小説を再読した今感じるのは、言いようもない孤独と喪失である。人間に残された最後の砦である宗教さえ真っ向から否定し、しょせん人間なんて孤独の中を生き抜いていくしかないのだと言ってるようにしか思えない。だがそれが真実で、疑いようもない現実なのだ。 ストーリーはこうだ。80年代後半、鈴原冬二(トウジ)はカナダで相田剣介(ゼロ)と出会った。世界経済が停滞から恐慌へと移行し、本物のパニックが始まった時、二人は出会うべくして出会ったのである。トウジの中にカリスマ性を見たゼロは、大手の広告代理店と組み、トウジと打ち立てた政治結社“狩猟社”のテレビCFをうった。狩猟家としてのトウジは、人間が地球の生態系の一部であり宇宙のリズムに身をゆだねていると主張する。いにしえより人は狩猟をして食物を確保し、生存の欲求を満たしてきた。すなわち、狩猟の技術がない者は生きる資格がなかった。自然が弱者を淘汰したのである。ところが農耕社会が始まると、それまで生きながらえることのできなかった弱者が、奴隷として復活した。奴隷(農民)となり、主人の言いなりに生きて、この世にはびこった。それが現代では徒党を組んで要求する、あたかも正当な権利であるかのように。だがしょせん、弱者は弱者であり、淘汰されるべき立場なのである。狩猟社はそういう弱者を排除し、強者だけの世界を作りたいと考えた。その後、この考えに賛同した官僚・実業家・弁護士・医師・テロリストらが集結し、狩猟社はあっという間に大規模な組織へと成長してゆく。 私がこの小説の中に見たのは「孤独」とか「恐怖」あるいは「喪失」である。それこそヘタなホラー小説を読むより、絶望的な描写がふんだんに出て来る。だから気の弱い人にはおすすめできない。注目すべきは、日本という国の世界から見た立ち位置を、驚くほど冷静で客観的に捉えている点である。 『核攻撃を受けて日本という国が消滅しても、困る国は、どこにもないということだ』 そうなのだ、この一文にすべてが凝縮されている。我々の隣国を思い浮かべていただきたい。核保有をチラつかせて圧倒的な優位に立とうとしている国家があるではないか。有事の際、アメリカが日本を本当に死守してくれるのだろうか?日本という国は、幸か不幸か侵略された経験がない。大陸の人々は、痛めつけられて来た遺伝子を持っているせいで、裏切りや理不尽な苛めに対する免疫がある。他国に対する猜疑心もあるから、そうそう簡単に折れはしない。ところが日本はそのことに最も無知な民族だ。アメリカを無邪気に信じる日本人は、世界から見たら、どのように映っているのだろう? 『愛と幻想のファシズム』は、平和を謳歌する日本人に一石を投じるものである。そもそも日本は先進国と言われて久しいが、強い国家なのか?実は脆くて息もたえだえで、借金ばかりが増え、倒れる寸前なのではなかろうか?・・・と不安になるのは私だけであろうか? 『愛と幻想のファシズム 上・下巻』 村上龍・著★吟遊映人『読書案内』 第1弾はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾はコチラから