読書案内No.197 早瀬圭一/大本襲撃~出口すみとその時代~ 国家に加担した「朝日」「毎日」の記事がもたらした悲劇
【早瀬圭一/大本襲撃~出口すみとその時代~】先月末、日本列島を直撃した台風24号の被害に遭われた皆さま、心よりお見舞い申し上げます。何を隠そう、我が家も大変な被害を受けました。屋根瓦がものの見事に吹き飛ばされ、家屋の外壁が見るも無残に引きはがされてしまいました。一時的な停電とは言え、真っ暗闇の中、申しわけ程度の懐中電灯を頼りに背中を丸めてただひたすらぼーっとしていました。22歳の息子にとっても物心ついてからの経験としては初めてのことで、「マジ、ヤベー」を連発するばかりでした。こんな時、人間なんて本当に無力です。自然災害の前にはもうお手上げなのです。泣きたいのを堪えてできることと言ったら、ふだんは埃を被った仏壇に手を合わせて念仏を唱えるぐらいが関の山。最後の手段、それはもう神仏にすがりつくしかないのです。そうです、宗教の力しかありません。そんな中、久しぶりにノンフィクション小説に手を出した。『大本襲撃』という国家権力による宗教弾圧事件を追った作品である。そもそも「大本」というのは、明治期に誕生した神道系の宗教である。開祖は出口なおで、京都府福知山市出身である。後に綾部市の出口家の養女となり、結婚もし、子どもを11人授かる。その後、大工の夫は酒浸りで体を壊し、寝たきり状態。不幸は重なるもので、長男が仕事場で自殺未遂し廃人同様となってしまう。さらには長女と三女が嫁ぎ先で発狂するという事態に陥ってしまった。そしてついに、苦労に苦労を重ねたなおも、神がかりとなる。発狂した長女や三女と明らかに違ったのは、なおには国常立之命が乗り移ったのである。それが嘘偽りではないことに、文盲だったなおが筆を執り、さらさらと神のことばを書き出したのである。それはなんと26年もの長きに渡り、膨大な量の神のことばの記録であった。 著者は早瀬圭一で、大本教とは無関係のライターである。たいてい宗教史などは、その信者が都合の良いことばかりを羅列するので読むに堪えないものだが、この『大本襲撃』はかなり客観的な立場から記述されている。早瀬圭一は大阪生まれで、同志社大学法学部を卒業。その後、毎日新聞社に入社。新聞社を退職後は大学勤務の傍らライターとして活躍しているようだ。代表作に『長い命のために』があり、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞している。著書によれば、大本は「国家権力による徹底的な破壊行為」が、大正10年と昭和10年の二度行われた。当時、事件を報道した「朝日」と「毎日」の記事は、それはもう酷い書き方で、聖師・出口王仁三郎を怪物扱いし、あたかも大本を邪教であるかのように書き立てた。著者である早瀬は、自分が長年勤めた「毎日」の社員であったことなどから、何らかの贖罪の気持ちがあったのであろうか。当時の無責任極まりない大げさな記事を取り上げ、半ば自嘲ぎみである。 この弾圧では、出口王仁三郎を筆頭に、二代教主・出口すみ、出口日出麿以下千人近い幹部や信者が逮捕され、凄まじい拷問が日夜続き、暴行による獄死、自殺者が相次いだ。大本にとってのベースは、開祖である出口なおに乗り移った国常立之命である。この国常立之命というのは、日本神話において天照大神より上位に立つ神として重要視している。当時の日本国家としての神道は、天皇を崇拝するものであることから、大本は同じ神道と言えども異端となってしまった。さらに聖師・出口王仁三郎は軍部への影響力が強く、陸軍将校などに多くの大本の信者が名を連ねた。そのようなことから国家は、極右と結びついた大本を警戒し、結果として徹底的な弾圧を加えたのである。 私は特定の宗教を信仰している者ではないので、決して「大本」を過大も過小評価もするつもりはない。だが戦時中、特高警察による様々な思想の壊滅や宗教弾圧が巻き起こる中で、「大本」は日本が起こした戦争には協力していない数少ない宗教団体の一つである。(他の宗教団体は何らかの形で協力、転向を余儀なくされている。)また、「大本」からは生長の家の谷口正治(雅春)や、世界救世教の岡田茂吉などを輩出している。結局、戦後になって「大本」は無罪が確定した。当然である。日本は本当の意味で民主主義国家となり、信教の自由が認められたからだ。大本の弁護団は、「政府に対して賠償請求すべきである」と出口王仁三郎に進言した。しかし王仁三郎は「国民の血税に負うことは忍びない」とし、倍賞請求しなかったのである。(ウィキペディア参照) 「大本」の“大地を大切にしない限り地上に平和も来ない”という教えは、なるほどと思う。明治の開教当初から“金では世は治まらない。お土こそ大事だ。一握りのお土の方が百万円のお金よりも大切である”という考えは、現代の深刻な環境問題を考えても一理ある。 『大本襲撃』は、日本近代史上最大の宗教弾圧の実態と昭和史の闇をあぶり出している。報道記者の皆さん、このノンフィクション作品を一読し、今後の活動の自戒にしてもらえまいか。二度と凄惨な悲劇を繰り返さないためにも、新聞はいつも「事実」だけを報道するべきなのだから。 『大本襲撃~出口すみとその時代~』早瀬圭一・著 ★吟遊映人『読書案内』 第1弾はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾はコチラから