要約 死者の告白 奥野修司
第十二回宮城県在住の高村英(たかむら えい)には、幼いころより、他人には見えないのに自分だけに見える存在があった。それは幽霊というより、もっとリアルなものとして見えたので、生きているのか死んでいるのか見分けさえつかなかった。例え霊が見えたとしても、とくにそれが悪さするわけでもないので、自分の部屋につれ帰って共同生活をしていたこともあった。ところが高校時代、英の父が亡くなったことで状況が一変した。父の死をきっかけに霊たちが大暴走を始めたのだ。それまで英の周囲には悪い霊というものは存在しなかったのだが、霊の中にも怖い霊がいるのだということを知った。高校時代、成績は常に上位をキープしていたが、金銭的な理由から大学進学をあきらめ、看護師の学校へ進んだ。東日本大震災に見舞われたのは、英が社会人となって3年後のことである。震災の翌年の5月に入ると、自分の体に鬱症状が出て来た。死にたくないのに強い自殺願望に囚われるのだ。それまでどうにかコントロール出来ていた霊も、もはやコントロール出来なくなってしまった。英の頭の中では、何人もの他者の声が響いていた。そうなると自分は精神病なのではとさえ思うようになり、本心から怖くなった。わらにもすがる思いで、パソコンで除霊をしてくれるところを検索したところ、宮城県栗原市にある通大寺がトップに出て来た。英は2012年6月から翌年の3月まで通大寺に通い、金田住職による除霊を受けた。憑依現象は英にとって過酷なもので、いつも自分は精神病なのではと不安でたまらなかった。ところがある霊との出会いにより、やはり自分は病気などではないと、改めて思うに至った。それまで英の肉体は、酷い暴言を吐くヤクザや10歳の女の子から犬、猫に至るまで憑依されたが、17歳の男の子が現れたとき、英にはその少年の強い心残りを感じた。17歳の男の子は震災で亡くなったわけではなく、部活の朝練に行く途中、交通事故に遭い、亡くなった。金田住職がその高校生に話を聞くと、「おにぎりが食べたい!」と、嗚咽を漏らして叫んだ。その高校生の母親は、毎朝、昼の弁当とは別に、部活でお腹を空かせる息子のためにおにぎりも握って持たせていた。17歳の男の子は、そのおにぎりを食べることなく事故に遭ったので、母親への申し訳なさと、おにぎりを食べたいという強い心残りで英の肉体を頼って来たのだ。傍で状況を見守っていた住職夫人は、急いで大きいおにぎりを作って供えてあげた。高校生は涙をポロポロと流し、お礼を言った。最後は金田住職の読経とともに、英の体から離れていった。そもそも通大寺の金田住職は除霊を専門にしているわけではない。たまたま高村英という若き女性が苦しむ姿に、このまま放ってはおけないと、見よう見まねで始めた儀式だった。通大寺の宗派は曹洞宗だが、他の宗派でも少なからず除霊は行なわれている。(浄土真宗を除く)著者は取材しながら考えた。合理的でしかも科学的であることが正しいとされる現代とはいえ、近代科学など人類の歴史の中ではたかだか400年ほどに過ぎないではないか、と。だとすれば霊的な現象を非科学的と断定するのではなく、そのような考え方も尊重されるべきであると。(このあと、高村英サイドの話、金田住職サイドの話と、交互に進められていく。同じ除霊という儀式にあっても憑依されている側の感覚と、成仏に導く住職サイドとでは、相違点も出てくるため)英は除霊に対して少なからず罪悪感を抱いていた。というのも、死者が英の体を乗っ取ったあと、その肉体を取り戻すためには、入ってしまった死者に再び死んでもらうことでしか方法がないのだ。これを住職サイドの言葉であらわすと、「成仏する」ということなのだ。津波で死んだことがわからない霊は、死者の霊とリンクする英に、亡くなる寸前の場所からスタートさせる。なので英は、溺れ死ぬところを死者に代わって体験するところから始まる。口の中、耳の中、穴という穴に泥水が入り込み、息ができない。水の中で必死に手足をバタつかせ、溺死するのだ。津波で家族を喪ったことに耐えられなかった男性、不妊治療の末、やっと授かった妊婦、妻を残して亡くなった80代のおじいさん、地縛霊になろうとしている大学生。皆が皆、震災による被害者だった。金田住職はそれらの霊と向き合うと、「光をさがしなさい」と言う。そして天地の理(ことわり)なので死を受け入れるようにと諭すのである。英が通大寺で除霊を受けた10ヶ月間に30人以上の死者が憑依して来たが、そのトリを担ったのは12歳の男の子だった。その男の子は父子家庭で、地味だが、とても行儀が良く、好感が持てた。例外でなく震災で亡くなったのだが、男の子は泣きじゃくりながら訴えたのは、父より先に逝ったことで親不孝ではなかったかというものだ。住職は絶対にそんなことはないと否定すると、男の子は安心し、「寺の子になりたい」と言った。住職はそれを了承した。男の子は光の世界にいくことなく、毎朝住職の傍で手を合わせることになった。先に逝った息子の位牌に手を合わす父のために、ただひたすら祈りを捧げるのだった。この12歳の男の子との体験が、英を救ったのである。その後、高村英は憑依した霊をすべて成仏させたあと、家庭の事情で宮城を離れることになった。以来、彼女を苦しめる異変は一度も起こっていない。 (了)なお、次回十三回目の要約はを掲載予定です(^_-)みなさま、こうご期待♪《過去の要約》◆第一回目の要約はこちらのです。◆第二回目の要約はこちらのです。◆第三回目の要約はこちらの~(上)~です。◆第四回目の要約はこちらの~(下)~です。◆第五回目の要約は、こちらのです。◆第六回目の要約は、こちらのです。◆第七回目の要約は、こちらのです。◆第八回目の要約は、こちらのです。◆第九回目の要約は、こちらのです。◆第十回目の要約は、こちらのです。◆第十一回目の要約は、こちらのです。