要約 地下室の手記 ドストエフスキー
第十五回1.地下室心も痛み、肝臓も痛めている俺は、ペテルブルクの地下室に暮らしている。もう20年ほどになる。今は40だ。昔は役所勤めをしていて、意地悪な人間になれなかっただけでなく、善良にも、英雄にも、虫けらにさえなりえなかった。賢いやつこそまともではなく、逆に愚か者だけがまともなのだ。やり手タイプは浅はかな存在だ。それが俺の確信だ。皆は俺を単なる〝ええカッコしい〟だと思っているだろう。何でもスマートにやってのけるやり手タイプを皮肉るための悪趣味な気取り屋だと。意識しすぎている俺は完全に病気だ。俺はこの病気との闘いでかなり苦しんだ。そして恥じていた。だがそれが昂じて秘かな快感を覚えることもあった。痛切に意識をしてしまう自分。我が身をのこぎりで八つ裂きにしたいと嫌悪しながらも、その恥ずべきものが甘美となり、終いには快楽に変わってしまうのだ。この快楽というものは、ありありと意識することから生まれるものなのだ。俺にはもはや出口はない。強烈な自意識を持つ人間というものは、自分とは正反対のものを前にすると、すっかり怯んだあげく、自分は人間ではなくネズミなのだと考えたりする。不幸なネズミは周囲に疑問だの疑惑だのをうず高く山積みにしていく。そしてそれは宿命的な悪臭やぬかるみのように溜まっていくのだ。そんなネズミを、裁判官だの独裁者だのの姿をしたやり手タイプが侮辱し、笑い物にするというわけだ。もちろんネズミとしては、シニカルに笑うなどして自分の穴にすごすごと潜り込むしかない。率直なやり手タイプは、場合によってはあらん限りの唸り声をあげる。だが不可能を目の前にすると途端に大人しくなってしまう。それは例えば数学のことである。何しろニ、ニが四は数学なのだから仕方がないと受け入れてしまうのである。反論などしようものなら「反対するとは何ごとだ」とドヤしつけられる。誰が何と言おうとニ、ニが四なのであるというわけだ。俺の敵意はニ、ニが四の法則の結果、対象は消え失せ、誰を責めるわけにもいかない状況となってしまう。人間が悪事を行うのは、ただ自分にとっての本当の利益を知らないためである、などと誰が最初に言ったのか? 何というおめでたい夢想なんだ。人間がただ己の利益のためだけに行動したことなどあるのか? リスクを冒し、運に任せ、困難なとんでもない道を切り拓いて来たという紛れもない事実をどう扱えば良いのだ?そもそも利益とは何ぞや?人間はともすれば自分にとって有利なことではなく、不利なことを望む場合も当然あるに違いないとしたらどうする?人間の利益は、計算されているものなのだろうか?統計数学や経済学の公式にはない、いずれの分類法にも収まり得ないような利益というものがあるはずだ。ナポレオンを見てみろ。北米での南北戦争もそうだ。血は河のように流れている。文明が我々のどこを穏やかにしているというのだ?昔は大量殺戮の内に正義を見ており、良心の呵責なしに相手を殺していた。今の我々は大量殺戮は忌まわしい行為であると見なしていながら、以前にも増して、この忌まわしい行為を営んでいるのだ。わざわざ指摘するまでもないが、人間はいついかなる時も、決して理性や利益が人に命じるようにではなく、自分の望み通りに行動することを好んで来たのだ。要するに、自己の利益に反することを望む場合もあるということだ。俺の話を聞いて笑う輩もいるに違いない。科学こそが人間を解剖し分析を進めるのだと。そして欲求や自由意志を否定するだろう。しかし俺の屁理屈を赦してもらいたい。何しろ地下生活40年なのだから。俺は人間に相応しい定義は、恩知らずの二本足だと思っている。悪行の連続だ。そしてその結果が無分別である。人類の歴史を見てみるがいい。戦いにつぐ戦い、今も戦争、以前も戦争、今後も戦争だ。だからこそ人間に古い習慣を棄てさせるというのか?科学と良識に従って意志を矯正しようというのか?なぜそれが必要であるなどと決めてかかるのか?人間が創造を愛し、道を切り拓くことを愛する、というのは事実だ。だがその一方で破壊と混乱をも愛するというのも事実である。平穏無事な幸福だけが人間にとって有利なものではない。人間は同じくらい苦しみも好むのである。時として、苦しみを猛烈に熱愛することもあるのだ!俺は水晶宮(未来の社会主義社会のユートピア的建造物を示唆する)を怖れている。雨露をしのぐことができる存在なんて、鶏小屋だって同じものだ。雨から俺の身を守ってくれたからと言って、鶏小屋のことを宮殿だなどと思い込んだりはしない。最低限の物質的な満足を与えてくれるものにすぎないからだ。人はそのためだけに生きているのではない。それにどうせ住むなら鶏小屋ではなく、大邸宅に住みたい。それが俺の願望なのだ。そんな俺の欲求を取り去りたいと言うのなら、俺に別の理想を与えてくれ。なぜなら俺は水晶宮なんてものは、こけおどしにすぎないと思っているからだ。2.ぼた雪に寄せて俺が24歳で役所勤めをしていたときのこと。俺はまともに相手の目を見ることができなかった。いつだって俺の方が先に目を伏せてしまい、相手の眼差しに耐えられなかった。他人と違うマネなどできない、群れの中の羊みたいに周囲とそっくりでいる必要があった。俺は確かに臆病な奴隷だった。孤独を感じる一方で、誰とも話したくないときがあり、役所へ通うのがどうしようもなくイヤだった。ところが不意に誰かしらと親しい付き合いがしてみたくなる。何事につけ、万事が時期を置いて、己のロマン主義を非難することになった。俺は心から役所勤めを嫌悪していた。だが一度はやつらと親しい友だち付き合いがしてみたいと、実際にお近付きになったことはあるのだ。言うまでもなく、そんな友人たちとの親交なんて長続きしなかった。まるで絶交のように挨拶さえするのをやめた。こうして孤独な俺は家では読書三昧だったせいか、たまには動き回りたくなった。俺は薄汚れた淫蕩に身を沈めた。夜ごと人目を忍ぶいかがわしい場所に通ったのである。俺はいつも高位高官と道ですれ違うとき、相手に譲ってしまうのだ。法律で決まっているわけでもないのに、いつだって道を譲るのは俺なのだ。礼儀正しい者同士がすれ違うなら、相手が半分、こちらも半分譲って上手くすれ違うのに、だ。俺はあいつらと対等になれないことで苦しんだ。だがふと思いついた。俺が道を譲らなかったら・・・脇へどいてやらなかったらどうなるのだろうかと。俺は絶えずそのことを空想し、この計画を実行してみたいと固執した。ある晩、ついにその計画は遂行された。以前からの仇敵であった将校とすれ違う機会に恵まれたのだ。俺は道を譲らなかったので肩と肩がしっかりとぶつかった! 俺の方が痛い目にあったが、大事なのは俺が目的を達成したことである。俺は一歩たりとも譲らなかったことで、俺を将校と社会的に対等な立場に置いたのである!あれから14年経ったが、ヤツの姿は見ていない。あの将校はどこかへ転任したのだろう。俺には2人の知り合いと言えるような人物がいた。1人は役所の上司であるアントン、もう1人は学生時代の友人であるシモノフだ。シモノフは学校では何一つ際立った点がなかった。ただ物静かな男だった。俺はヤツから酷く煙たがられているようだと思いながらも、ヤツのところに通い続けた。ある日、俺は孤独に耐えきれず、シモノフのところへ行った。そこにはすでに2人の友人が来ていた。シモノフは俺がやって来たことに呆れた顔をした。ヤツらは俺の存在をないものとして3人で話していた。話題になっていたのは、俺たちの学校時代の友人であるスヴェルコフが、遠い勤務地に栄転するため送別会をやろうというものだった。3人はオテル・ド・パリで5時集合、1人7ルーブルずつ集金ということまで決めた。だが俺のことはそっちのけで!俺は憤慨した。シモノフは俺が金のないことを知っているから不満げだ。(しかも俺はヤツに借金をまだ返していない)俺がごねたせいで、ヤツらはそんなに来たいなら来れば良いというような態度を取った。送別会当日、待ち合わせ時間をわざと変更され、俺はオテル・ド・パリにあるカフェレストランで待ちぼうけをくった。1時間待たされたあげく、ひどく皆からぞんざいな仕打ちを受け、侮辱された。誰も俺を見ようとしないし、歯牙にも掛けない様子なのだ。完全にうっちゃらかされたのである。だが俺は意地でも最後まで居座って飲んでやろうと思った。俺が帰ればヤツらが喜ぶのはわかっていたが、絶対にそうはさせまいと思ったのだ。ひどく鷹揚で独裁者然としたスヴェルコフにくってかかった俺はその場を白けさせ、皆から非難された。そしてそのうち、また誰一人として俺に話しかけてくれなくなった。11時になるとスヴェルコフが俺以外のヤツに「例のところへ行こう!」と言い出した。身も心も疲労困憊の俺は「赦してくれ!」と謝罪した。だが1人としてそれを受け入れず、「君にはもううんざりだ」と言い残し、去って行った。俺は、給仕にチップを渡しているシモノフを呼び止め、出し抜けに金を貸してくれと頼んだ。ヤツはまったく呆れ顔で金なんか持っていないと言い張ったが、俺は「君が金を持っているのを見た」と言ってやった。ヤツは金を取り出すと、恥知らずと言い捨てて、投げつけんばかりによこした。俺を1人残して連中は消え失せたが、ヤツらがどこへ行ったのかは知っていた。俺は馬車を飛ばした。役所をクビになっても決闘を申し込んでやろうと思ったのだ。着いたのは〈モード・ショップ〉だった。俺は「ヤツらはどこだ?」と女将に尋ねたところ、何も答えず、代わりに若い女が入って来た。美人とはとても言えないが、俺は一目で気に入った。それは、愛もなく乱暴に、そして恥知らずに行われた。俺たちは長い間、じっと執拗に見つめ合っていた。女はリーザという名の無愛想なロシア人だった。本人は20歳だと言った。ピロートークよろしく、俺はいろんな話をリーザにしてやった。リーザはつっけんどんで、ぞんざいな調子だったので、俺は熱中して話している自分が傷つけられたような気分になった。俺は哀れな商売女の末路を話してやったのだ。1年ぐらい経って女の価値が下がれば、もっと程度の低い娼館へ移されて、さらに1年経ったらますます酷い娼館へと移らねばならない。あげくの果ては肺病を患って地下室で孤独に死んでいくのだ、と。俺はリーザに家族のもとで暮らすことがいかに平穏無事であるかを説いた。知人が娘を溺愛していたことを話してやった。父親というものは息子には厳格でやかましくても、娘に対しては目に入れても痛くはないほどにキスの嵐を降らせるものなのだと。俺はリーザにこんなところにいてたまらなくはないのか聞いた。俺は嫌でたまらなくなったと言った。酔った勢いでもなければ、とてもじゃないがこんなところで君といられないと。もしももっと別の場所で善良な暮らしの中でリーザと出会っていたら、本気で夢中になっていただろう。今の彼女は、自分の愛をそこらへんの酔っ払いに晒してしまっている。完全に金で魂を身体もろとも買われてしまっているのだ。俺はリーザの様子を見て、彼女の心を打ち砕いてしまったことを実感した。これは駆け引きのゲームであり、俺はそのゲームに夢中になっているにすぎない。俺はうろたえた。不意に怖気付き、絶望を目の当たりにした。リーザは枕を両手で抱きかかえたまま全身を震わせ、号泣したのである。俺は何とか落ち着かせようとして「俺がいけなかったよ、赦しておくれ」と声をかけた。そして俺の住所を書いたメモを渡して「リーザ、訪ねておいで」と言ってやった。すると彼女は大急ぎで宝物箱らしきものを取りに行き、大切にしまってあった手紙を見せてくれた。それはリーザが過去に医学生からもらったラブレターだった。彼女は無邪気にその手紙を自慢したかったのだ。それは彼女にとって唯一の己の誇りであり、己を正当化してくれるものであった。〈モード・ショップ〉から帰宅した翌朝、俺はリーザに住所を渡したことを後悔していた。さんざん彼女の前ではヒーローぶっていたものの、実際の俺はどん底まで落ちぶれた暮らしぶりだ。とは言え、昨日の俺はリーザの中の高潔な感情を呼び覚ましてやりたかったのだ。それは俺の中の本物の感情がさせた行為なのだ。果たしてリーザはやって来た。ちょうど俺が下男のアポロンと給金のことで揉めている最中だった。俺が取り乱すと彼女までが困惑して取り乱した。俺はヒステリーの発作から咽び泣きながら叫んだ。「何のために、君は来たんだ? 答えろ! 答えてみろ!」俺の八つ当たりの矛先はリーザに移った。俺は洗いざらい吐き出した。なぜあの晩リーザのいる店に行ったのか。なぜ憐れっぽい言葉を彼女にかけたのか。本当は心の中で彼女のことを嘲笑っていたこと。彼女の店に行く前、友人らからさんざん侮辱され傷ついていた己のこと。だから自分も同じように誰かを嘲笑い、恥をかかしてやりたかったのだと。すると彼女は驚くことに両手で俺を抱きしめると、わっと号泣した。彼女はそのまま暫くは身じろぎもしなかった。不意にその時、俺は情欲を掻き立てられた。そしてリーザの両手をきつく握りしめた。事が終わってリーザが去ろうとしたとき、俺はとっさに彼女の手に金を握らせた。こんな残酷なマネをしでかしたのは、俺の悪しき頭のせいだった。やがて羞恥心と絶望に苛まれた。俺は慌ててリーザを追いかけたが間に合わなかった。部屋に引き返すと彼女に握らせたはずの5ルーブル紙幣が投げ捨てられていたのだ。それを見た俺は再び彼女を追いかけた。気が狂ったように大慌てで上着を羽織り、外に出た。歩道も人気のない通りも静かで、ぼた雪が降っているだけだった。あれから何年も経った。リーザには一度も会っていないし、彼女の噂も何一つ聞いていない。心の痛みで息も絶え絶えだったあの晩、あれほどの苦痛と後悔に苛まれたことは、その後、一度もない。(了)なお、次回の要約はを予定しています、こうご期待♪《過去の要約》◆第一回目の要約はこちらのです。◆第二回目の要約はこちらのです。◆第三回目の要約はこちらの~(上)~です。◆第四回目の要約はこちらの~(下)~です。◆第五回目の要約は、こちらのです。◆第六回目の要約は、こちらのです。◆第七回目の要約は、こちらのです。◆第八回目の要約は、こちらのです。◆第九回目の要約は、こちらのです。◆第十回目の要約は、こちらのです。◆第十一回目の要約は、こちらのです。◆第十二回目の要約は、こちらのです。◆第十三回目の要約は、こちらのです。◆第十四回目の要約は、こちらのです。