要約 ジェイン・エア / シャーロット・ブロンテ
第十七回ジェイン・エアはまだ10歳だったが、両親はすでに亡くなり、母方の伯父に引き取られていた。だが、血縁である伯父も亡くなると、その妻であるリード夫人とその子どもたち3人の中にあっては、ただのお荷物でしかなくなった。伯父が今際の際に、妻に「ジェインを頼む」と言い残してこの世を去ったにもかかわらず、リード夫人はジェインをこれでもかと言うほど傷つけ、虐げた。ジェインは小柄で、いつもお腹を空かせていたせいか顔色も悪く、器量が悪かったせいで、使用人たちからも厄介者扱いされていた。それでももしもジェインがおべっかの一つも言えて、要領の良い娘だったら、また違う対応がされていたかもしれないが、彼女は己の気持ちをできるだけハッキリと伝えるようにして、嘘を好まなかったため、他人からはその態度が生意気に思われたのだ。そのせいでリード夫人からはずいぶんと嫌われてしまい、結局、ローウッドの厳しい寄宿学校に入れられることになった。学校はキリスト教精神に則り、制約しかない環境の中で、ブタも食べないようなマズくて少ない量の食事を与えられ、いつもひもじい思いをしながらの生活を強いられていた。教師もろくな教え方をしない者もいる中で、不幸中の幸いにも、マリア・テンプル校長のおかげで、ジェインは勉強の楽しさ、素晴らしさを学ぶことができた。そんな折、悪質な環境下にある学校内にチブスが流行した。その猛威によって生徒が激減してしまったことで世論が動き、その経営管理体制が見直されることになった。こうして制度が改良されたこともあり、ジェインは質の高い教育を受けることができた。生徒として6年、先生として2年、このローウッド施設において日々を暮らした。だが、マリア・テンプル校長が結婚のためローウッドを去ることが決まり、ジェインは深い悲しみに襲われた。もはや自分がローウッドにいる意味を感じなくなったのだ。ジェインはしばらく思案し、そして決断した。この限られた環境の施設から飛び出し、外の世界に触れてみようと。結果、ジェインは遠く離れたソーンフィールドのロチェスター氏が後見人となっている子の家庭教師として、住み込みで働くことになった。ロチェスターは三十代後半で、背は高いが愛想はなく、お世辞でも優雅とは言えなかったが、ジェインにとってはかえって安心の材料となった。人間的に信用できると、本能的に感じたのである。18歳のジェインは、20歳も年の離れたロチェスターと、日々会話を重ねていくうちに惹かれずにはいられなくなった。同様に、ロチェスターにとっても、ジェインがこれまで出会って来た何人もの美人と称され、もてはやされて来た女性たちと一線を画す存在であることを認めないわけにはいかなかった。ジェインは、口先だけの、財産目当てのくだらない令嬢などとは違ったのである。あるとき、社交の一環として、身分の高い紳士・淑女がロチェスター邸に集まった。そして彼らはしばらく滞在し、余暇を楽しんだ。その中には、ロチェスターと結婚の予定があると噂される、美人のブランシェ嬢もいた。ジェインは切なく思った。自分はただの家庭教師に過ぎず、不細工で貧しい現実の自分を省みる必要を感じた。ロチェスターほどの人が、自分なんかに好意を持っているはずがないと、心の中で激しく打ち消すことに専念したのである。そんなジェインの胸中を見透かしたように、ロチェスターは言った。「ずいぶん顔色が悪いようだが?」「いいえ、どうもしません」「元気がない。何かあったのかい? 話して」「いいえ、何も」「でも私がもう少し何か言えば、君は泣き出すだろう? 君の眼は涙で溢れてる。そら、そこに一つ落ちた」何週間かの滞在のあと、貴人たちは各々の帰るべきところへ帰っていき、賑やかだったロチェスター邸はまた平穏な日々に戻った。ブランシュ嬢の住む屋敷は、州の境にあったが、もしも愛する婚約者であるならそんな距離など苦にもならないはずだった。だがロチェスターがブランシュ嬢宅と行き来している様子は微塵もうかがえなかった。ジェインは、これがどういうことなのか考えずにはいられなかった。ある晩、月の光に誘われて、ジェインは庭園を散策していた。するとどこからか、葉巻の匂いが漂ってきて、すぐにそれがロチェスターのものであることがわかった。ジェインは何となく気まずくて、ロチェスターに気づかれないように去ろうとしたが、気配を察したロチェスターから声をかけられてしまった。「ジェイン、少しはここが好きになったかい?」「はい」ロチェスターはブランシュ嬢と一ヶ月もすれば結婚するのだと話し出した。だから妻となるブランシュ嬢が、よけいな疑いを持たないように、若いジェインにはこの屋敷から立ち去ってもらう必要があるのだと続けた。だがその話ぶりは、まるでジェインの様子をうかがいながら、彼女を試しているかのようだった。ジェインはあまりに悲しい宣告に、涙がほとばしり出た。こんな想いをするなら、ソーンフィールドなんかに来なければ良かったと思った。そしてついに、ジェインは咽び泣いた。「あなたともう二度とお目にかかれなくなると思うと悲しくて、どうしていいかわからないんです」ロチェスターはジェインを胸に抱き寄せて接吻した。「私を離してください」「ジェイン、静かに。君は興奮している」「あなたには結婚をお約束された方がいらっしゃる」「ジェイン、私の花嫁はここにいる」と言って、ジェインを引き寄せると、「私と結婚してくれませんか? ジェイン」と言った。ジェインはロチェスターの言動が信じられず、離れようともがいた。するとロチェスターは、声を高らかにして真実を言い始めた。それはブランシュ嬢との結婚などあり得ないということだった。ブランシュ嬢に、自分の財産が世間で噂する額の三分の一にも満たないと言ってみたところ、母親と2人して掌を返すように冷たくあしらわれ、彼女はロチェスターのことを何とも思っていないことをハッキリと確認したのだと。「ジェイン、君を私のものにしなければならない」「あなたは本気で言っていらっしゃるの?」「誓えというなら誓ってもいい」「では、あなたと結婚します」それから急に天候が悪化した。雷鳴が轟き、土砂降りになった。2人は慌てて家に入ったが、ずぶ濡れだった。時計は12時を打っていて、「おやすみ」とロチェスターは言いながらも、ジェインを抱きしめ、何度も接吻した。それからジェインにとってはバラ色のような日々が過ぎた。両親以外にこれほど愛され、優しくされることは、この上もなく幸せであった。一方、ロチェスターはなぜか挙式を急いだ。一日でも早く婚姻届を提出し、新婚旅行へと連れ出したいようだった。それはまるで、この屋敷から一刻も早く逃げ出したいような雰囲気さえ感じられた。挙式当日、教会で、正に誓いの言葉を交わそうとしたとき、事件は起こった。背後から大声で「この結婚式が行われてはなりません!」という「待った」がかかったのである。「ロチェスター氏にはすでに奥さまがいらっしゃいます!」という申し立てであった。ロチェスターはそれに対し、否定はしなかった。ジェインはどうにか気絶しないでいたが、真っ青になった。結婚式は中止となった。ロチェスターは、ジェインには一切の罪はなく、自分だけが悪いのだと言い添えて、洗いざらい話した。エドワード・ロチェスターが若かりし頃、兄と父親の言いなりに結婚した女は、確かに美人だった。だが、その女の家は三代に渡って精神疾患を持つ家系だったのだ。それを知らずに結婚したロチェスターは、狂人と化した妻を監禁することで、どうにか事なきを得ていた。手荒なことはしたくなかったが、あまりの暴力行為と、何度も妻に殺されそうになった前科を鑑みて、屋敷の一室に閉じ込めるしかなかったと。すべてを知ってしまったジェインは、奈落の底に突き落とされたように絶望的になったが、ロチェスターを嫌いになるなど、とうてい不可能だった。愛する気持ちに変わりはなかった。だが、この屋敷から去らねばならないという衝動に突き動かされ、ロチェスターに気づかれないように、人知れず家を出たのである。それからジェインは、流れ着いた先で、3人の兄妹たちに助けられた。その中のシン・ジンは、敬虔なクリスチャンで、牧師だった。将来的にはインドに渡って布教活動を行なおうと、着々と準備しているのだった。シン・ジンの2人の妹たちは、ジェインとも年が近く、すぐに打ち解けて仲良くなった。ジェインは、シン・ジンの紹介で、貧しい子どもたちの通う学校の先生をすることになった。だが、一日たりとも忘れることができなかったのは、ロチェスターのことであった。しばらくそこでの生活をし、慣れて来たころ、ジェインのもとに、シン・ジンを通して遺産相続の連絡が届いた。ジェインの父方の叔父が亡くなり、独身だった叔父は2万ポンドもの大金をジェインに残したのであった。聡明なジェインは、なぜ身元を知らせていない自分の親族のことをシン・ジンが知っているのかを不思議に思い、問い質してみたところ、なんとシン・ジンたち兄妹と、ジェインは従兄弟であることが判明したのだ。というのも、ジェインの父親は3人兄妹で、ジェインの父親とシン・ジンたちの母親は兄妹だったのである。ジェインはずっと身寄りがいないと思っていたので、親族ができたことを大そう喜んだ。2万ポンドの相続より、そのことの方を幸福に感じるのだった。ジェインは、何のためらいもなく2万ポンドの遺産を、シン・ジンら3人の兄妹と4等分にして分け与えることにしたのだ。シン・ジンは、いよいよインド行きを現実のものにしようとしていた。ある日、シン・ジンはジェインを散歩に誘った。そこでシン・ジンは彼女に求婚し、一緒にインドへ行く決心をして欲しいと言った。ジェインは戦慄を覚えた。シン・ジンはとても尊敬できる完璧な宣教師であったが、夫となる人ではなかった。その心は氷のように冷たく、すべてを神に捧げた仕事人間であった。その証拠にシン・ジンは、彼の妻ではなく、「宣教師の妻」になってくれと要求して来たのである。自分が正しいと信じて疑わないシン・ジンは、しつこく求婚して来たが、どうにかしてジェインはそれを断った。だがあまりにも執拗に食い下がって来るので、思わず結婚を承諾してしまいそうになった。そんな折、ジェインの耳もとで「ジェイン、ジェイン、ジェイン」と呼ぶ声が聴こえた。ジェインは思わず「いま行きます。待っていてください」と答えたが、その声の主の姿はどこにもなかった。だがその声は間違いなく愛する人、エドワード・ロチェスターその人の声だった。ジェインはインドへ行くにしても、ロチェスターに一目会ってからにしたいと強く思った。彼のことが心配でたまらなかったからだ。ジェインはソーンフィールドに戻って、ロチェスターの消息を確かめることにした。36時間もの長い間、馬車に揺られ、ソーンフィールドに戻った。ジェインが目にしたのは、黒焦げになった廃墟だった。呆然とした彼女は、すぐに宿屋に駆け込み、そこの主人に事情を尋ねた。すると宿屋の主人は詳細を語った。正気を失ったロチェスターの妻が、部屋から抜け出し、屋敷に火をつけたのだと。これまでも彼女の放火癖で何度となくボヤ騒ぎを起こしていたのだが、今回はそれを防ぐことができず、全焼したのであった。ロチェスターの妻は、狂って大声をあげながら屋根から飛び降り、絶命してしまったが、最後まで残って使用人たちを助けようと誘導していたロチェスター氏は、その際、左腕を切断し、片眼を潰し、もう片方の眼も炎症を起こして、ほとんど失明状態であるというのが現状であった。ジェインは、さらにロチェスターの現在の居場所を聞き出すと、少しの迷いもなくロチェスターのもとに駆け付けることにした。ロチェスターの住むファーンディーンの別宅に到着したジェインは、すぐに知り合いの使用人から水さしとコップと蝋燭を盆に乗せたものを受け取り、ロチェスターのもとに出向いた。ジェインがロチェスターに水を差し出しても、目の見えない彼には、そこにジェインが立っていることには気づかなかったが、「もう少し水を召し上がりますか」と声に出したことで、ロチェスターは「だれだ、だれがそう言っているのだ?」と、半ばその声の主がジェインであることに気づいた様子だった。「私はジェイン・エアです。あなたを見つけてあなたのところに戻って参りました」「これは夢だ。何度も見た夢で、その中でジェインを抱きしめて、接吻し、いつまでも私といてもらえると思っていた」「これからはいつまでも」「私を抱きしめてくれ」こうして2人は再会を果たし、これ以上のない深い愛によって結ばれた。その後、ロンドンに行ってロチェスターはさる有名な眼科医に診てもらい、やがて片方の眼は見えるようになった。さらには男児も誕生し、ロチェスターはその大いなる祝福を感謝せずにはいられなかった。シン・ジンからは、インドから手紙が届いたが、結婚はせずにいるようだった。不屈な開拓者である彼には相応しい生き方で、その仕事も終わりに近づこうとしていた。きっと、シン・ジンの最期のときでさえも、その精神は揺るがず、希望に満ちて、彼の信仰も少しも変わることがないだろうと思われた。(了)なお、次回の要約はを予定しています、こうご期待♪《過去の要約》◆第一回目の要約はこちらのです。◆第二回目の要約はこちらのです。◆第三回目の要約はこちらの~(上)~です。◆第四回目の要約はこちらの~(下)~です。◆第五回目の要約は、こちらのです。◆第六回目の要約は、こちらのです。◆第七回目の要約は、こちらのです。◆第八回目の要約は、こちらのです。◆第九回目の要約は、こちらのです。◆第十回目の要約は、こちらのです。◆第十一回目の要約は、こちらのです。◆第十二回目の要約は、こちらのです。◆第十三回目の要約は、こちらのです。◆第十四回目の要約は、こちらのです。◆第十五回目の要約は、こちらのです。◆第十六回目の要約は、こちらのです。