要約 檸檬/梶井基次郎
第二十回※『檸檬』(新潮文庫)には、20編の短編作品が収録されている。ここでは、表題作を含む3編を要約した。『檸檬』私にはまるで金がなかった。生活がまだ蝕まれていなかったころの私は、丸善が好きだった。丸善で様々な雑貨を眺めることが。当時の私は、何かが私を追い立てるような錯覚に襲われていた。友達の下宿を転々としていたのだ。私にはお気に入りの果物屋があった。京都は二条通に接している街角にあるのだが、妙に暗くて、私を誘惑した。私は店で買い物をした。珍しく檸檬が出ていたのだ。私はそれを一つだけ買った。握った瞬間、非常に幸福な気持ちになった。私は肺尖を悪くしていたので、度々熱が出、掌がいつも熱かった。だが檸檬を握っていると、掌からその冷たさが染み透ってゆくように快いものだった。気分が良いので思わず久方ぶりに丸善に入ってみた。ところがにわかに心は憂うつになった。もしかしたら歩き回って疲れが出たのかもしれない。私は棚から画集を一冊ずつ抜き出してはペラペラとめくった。そしてそれを繰り返した。私は積み重ねた画集の群を眺めた。「あ、そうだそうだ」私は持っていた檸檬を画集の城壁の頂きに置いてみた。しばらく眺めたあと、何食わぬ顔をして丸善を出た。もう10分後には、あの丸善が大爆発をするのだったらどんなに面白いだろうと思った。『桜の樹の下には』桜の樹の下には屍体が埋まっている!桜の美しさは信じられないけれど、桜の樹の下には屍体が埋まっていることは信じていいことだ。馬や犬猫、人間のような屍体が腐乱して、水晶のような液をたらたらと垂らしている。桜はその液体を吸って、爛漫と咲き乱れているのだ。俺は何万匹とも数の知れない薄羽カゲロウの屍体を見た。石油を流したような光彩が水に浮いていた。そこが産卵を終えた彼らの墓場だった。俺はそれを見て、惨忍な悦びを味わった。美しい風景だけでは俺は喜べない。惨劇が必要なんだ。そのバランスこそが俺を和ませる。桜の樹の下には屍体が埋まっている!今なら俺は普通に花見の酒が呑めそうだ。『交尾』〈その一〉人々が寝静まったころ、私は家の物干場から露路を見ていた。二匹の白猫が追っかけあいをしていた。そして寝転んで組打ちをしていた。彼らは抱き合い、柔らかく噛み合っている。これほどまでに可愛い、艶めいた猫の有様を、私は見たことがなかった。そのうちあちらの方から夜警の杖の音が響いて来た。猫は相変わらず抱き合っている。夜警はだんだん近付いて来て、猫に気づいて立ち止まった。猫は図々しくも逃げ出さない。すると夜警は持っている杖をトンと猫の間近で突いて見せた。たちまち猫は逃げてしまった。夜警は物干の上の私に最後まで気づかず、露路を立ち去った。〈そのニ〉街道から杉林の中を通って、いつもの瀬のそばへ下りて行った。河鹿の鳴き声が街道までよく聴こえたからだ。眼下には一匹の河鹿の雄が喉を震わせていた。さて相手はどこにいるのかと探してみると、一尺ばかり離れたところに一匹の雌がいた。雄がひたむきに鳴く声に応えるように、雌が「ゲ・ゲ」と呑気に鳴いた。雄の情熱的なのに比べると、雌はずいぶんあっさりしたものである。雄はひたすら烈しく鳴いていたところ、ひたと鳴き止んだ。そして水を渡り、雌を求めて駆け寄っていった。こんな可憐な求愛があるものだろうか。私はすっかりあてられてしまった。雄は雌の足下へたどり着き、交尾した。それは爽やかな清流の中で。私は世にも美しいものを見た心地だった。(了)なお、次回の要約はを予定しています、こうご期待♪《過去の要約》◆第一回目の要約はこちらのです。◆第二回目の要約はこちらのです。◆第三回目の要約はこちらの~(上)~です。◆第四回目の要約はこちらの~(下)~です。◆第五回目の要約は、こちらのです。◆第六回目の要約は、こちらのです。◆第七回目の要約は、こちらのです。◆第八回目の要約は、こちらのです。◆第九回目の要約は、こちらのです。◆第十回目の要約は、こちらのです。◆第十一回目の要約は、こちらのです。◆第十二回目の要約は、こちらのです。◆第十三回目の要約は、こちらのです。◆第十四回目の要約は、こちらのです。◆第十五回目の要約は、こちらのです。◆第十六回目の要約は、こちらのです。◆第十七回目の要約は、こちらのです。◆第十八回目の要約は、こちらのです。◆第十九回目の要約は、こちらのです。