読書案内No.204 斎藤美奈子/挑発する少女小説 時代と文化を超えて世界中の少女に訴えかける普遍の文学ジャンル
【斎藤美奈子/挑発する少女小説】私は多感な思春期の読書傾向に、初めて後悔した。もちろん自分自身の、である。一体何をどう読んで来てこうなってしまったのか、、、?スポンジのように多くの教養を吸収したであろう小・中学校時代。私は世間一般で女子の必須アイテムでもある少女小説というものと、ほぼほぼ無縁だった。こよなく愛したのは岩波少年文庫から出ている『三国志』『水滸伝』、福音館書店から出ている児童書シリーズ、特に『アーサー王と円卓の騎士』など。それはもう夢中になって読んだものだ。そこから学んだものは、、、今となってはよくわからない。ただ、とにかく好きだったのだ。戦乱の世を刹那に生きる英雄・豪傑たちの魂に震えたのだ。だが、そんな自分の嗜好が、今となっては忌わしい。あの頃、どうして他の女子たちが好んで読んでいた少女小説を手に取らなかったのだろう、、、?私はもっと世間の動向とか流行に敏感になるべきだったのでは、、、?今さらそんなことを悔いても、詮無いことではあるが。いきなり私がこんなことをボヤき始めたのにはワケがある。私はフェミニズム系文芸評論家である斎藤美奈子の著書を読んだのだ。河出新書から出ている『挑発する少女小説』という一冊である。もちろん私も人生50年を生きて来て、女性論を説くお偉い方々の一言一句を盲信するようなアマちゃんではない。じゃあ何をそれほど後悔しているのか?それは、こちらの著書で取り上げられている少女小説のどれもがユニークで魅力的であるからだ。これを大人になった今の視点から読むのも良いけれど、うら若き乙女のとき、真っさらなな気持ちで読んでおきたかったと後悔しているのである。ちなみに私が大人になった今読んでみたいと思ったのは次の作品である。『赤毛のアン』の続編。『あしながおじさん』『秘密の花園』『ふたりのロッテ』『長くつ下のピッピ』どれも児童文学のベストセラーである。なんでもっと若いうちに読んでおかなかったのか、、、時間は取り戻せないし、こればかりは仕方がない。斎藤美奈子の文学評論がズバ抜けて面白いのは、何と言っても杓子定規ではないところである。通り一辺倒のレビューではなく、かと言って小難しく掘り下げるのでもなく、大人になった〝ちびまる子ちゃん〟的な物言いが見事にハマった感じなのだ。『挑発する少女小説』において、様々な児童文学が取り上げられているが、中でも『赤毛のアン』の続編は大人になった今、読んでみたいと思った筆頭である。少女小説とはあまり縁のなかった私だが、さすがに『赤毛のアン』だけは今も本棚の片隅に保管されている。小学生の頃だったか、テレビアニメとして放送されていたこともあるし、女子の間で話題にもなったからである。皆さんご存知の通り、『赤毛のアン』と言えば、孤児の女の子がカナダの大自然の中で明るくたくましく生き抜いて行く青春物語である。ところが斎藤美奈子の捉え方は違った。「実はみなしごの就活小説だった」と言うのだ。劣悪な環境である孤児院なんかに二度と戻りたくない主人公のアンが、マシュウとマリラ(初老の兄妹)の住む家庭に引き取られるために、並外れたトーク力とイマジネーションを働かせて2人の心を動かす。それはもはや「みなしごの少女が自身の居場所を確保するための戦いの物語」であると説いている(笑)もともと引き取り手のマシュウとマリラは、農作業の手伝いもできるだろうと、孤児の男の子を希望していたのだ。ところがどこでどう間違ったのか、やって来たのは女の子(アン)だった。自分が必要とされていないと気付いたアンは、何が何でも引き取られてみせるとばかりに躍起になるのだが、これを一つの「就活」と見なすところがおかしくて笑えた。『赤毛のアン』は二作目の『アンの青春』『アンの愛情』とさらに続き、最終話の『アンの想い出の日々』まで全11巻という長編作品となっている。いつだったか、『赤毛のアン』フリークの友人が言っていたのだが、続編を読んでいると、アンがどうやら更年期障害を患っているのか、始終イライラしているシーンが出て来るというのだ。それがホントかウソかは不明だが、何とも人間臭い少女小説(?)ではあるものだ。それも含めて続編を読んでみたいと思った。本書は他に『あしながおじさん』についてもレビューしている。なんと、「金持ち道楽息子が小娘に翻弄される物語」であると(笑)『大草原の小さな家』に至っては、「引っ越し、引っ越し、また引っ越し」という小見出しがついてる。(「新天地をめざしての移動」とはしないところが笑える)こう言う歯にきぬ着せぬ物言いのできる斎藤美奈子の著書は、実に魅力的だ。本来はもっとジェンダー論を盛り込んで少女小説を掘り下げていきたかったのかもしれない。抑圧された少女たちの魂の叫びを、少女小説の中から感じ取って、あれやこれやと批評したかったと思う。それが斎藤美奈子のお得意分野だからだ。だが以前のようにそこまでとんがらなくても、充分な求心力を持つ内容となっていると思う。ジェンダーの何たるかなんて、そう簡単には分析・理解されるものではないだろう。(つまり、なるようになると言うこと)本書は、少女小説と縁のなかった大人の少女(?)らに読書を勧め、新たな発見を誘う文芸評論となっている。もちらん、夢中になって読んだことのある人にも再読を促し、戦う少女たちの人生に焦点を当てることを勧めている。私たちの日常の読書は、このぐらい明け透けで、それでいて目新しい発見が一つでもあれば充分意義のあることなのではと思う一冊だった。 (了)『挑発する少女小説』斎藤美奈子・著★吟遊映人『読書案内』 第1弾(1~99)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第2弾(100~199)はコチラから★吟遊映人『読書案内』 第3弾(200~ )はコチラから