ハマム
若き日をすごしたパリ。ときどき思い出して懐かしいのは....ハマム(公衆浴場)である。ハマムは、セーヌ側左岸のパリ5区、森林公園に隣接するイスラム教寺院モスクのなかにある。モスクは数百年前に建立された歴史的建築物。戒律の厳しいイスラム教のこととて、礼拝場であるモスクは、一般に異教徒は立ち入り禁止である。が、パリでもここだけは例外で、一般市民に公開されている。レストラン、サロンドテ、アラブのケーキショップまで併設されていている。境内は隅々までエギゾティックな非日常空間。庭は憩いの場だし、レストラン、カフェは美味しい。アラブグッズのスークもいい。ハマムの仕組みは、日本の銭湯と似ている。違うのは、浴場なのに、”お風呂”がないことか。そう、お湯がなくて、あるのは湯気だけ。ハマムとは、巨大なミストサウナなのである。連なるアラビア風の小部屋、大部屋に、湯気が立ち込めており、入浴者は、そこここにあるベンチに腰掛けたり、寝そべったりして、まずは汗が出るのを待つ。やがて、耐えられないほど熱くなると、水道やホースで冷水を浴びる。そして、またごろごろして温まる。そのうち皮膚がふやけてくる。太った女三助に全身を洗ってもらったり、垢すりしてもらったり。一人で来ている人より、女同士、複数で来ている人が多い。クマのように互いに垢すりしあう姿も目立つ。いくつかの部屋は微妙に室温が異なっており、一番、熱い大部屋には小さな冷水のプールがしつらえてある。入浴者たちは、涼しい部屋と熱い部屋やプールを移動し、最後に、バスタオルで身体を包んで、天井の高いティールームへ。これで、サウナは終わり。この湯上りのティールームがまさに、アラビアンナイトさながらのゴージャスさ。入湯者は寝転びながら甘いミントティーを飲むのだ。マッサージを受け、身体を磨き、女だけの話をし、昼寝をする。ああ、極楽。イスラム教徒の女性は、禁欲的なベールを脱げば、こんなに官能的な時間を過ごしているのだ。お香とジャスミンオイルが混ざった匂い、モザイクタイルで覆われたひんやりとした天井と壁、甘くて熱いミントティー。男、子どものいない、裸の女だけの空間で、ゴヤの名画の一部になったような気分である。ハマムの、数百年前から変わらぬそのメニューはきわめてシンプルである。湯気の立ち込めたミストサウナは、ドライサウナと比べると身体に優しく、お風呂と比較しても、身体への負担はさらに軽く、しかも発汗性は良いように思う。とくに乾燥した気候のパリでは、皮膚がみるみる潤う感じがなんともいえず気持ちいい。そして、なによりも、中東の風土を彷彿とさせる、鷹揚でけだるい感じの時間の過ごし方が、いい。イスラム教徒のみならず、一般のフランス人女性にもファンが多いのもうなずける。日本にハマム第一号が出来るのはいつだろう。秋深まる今日この頃。ハマムに入りたい。La Grande Mosquee de Paris2, bis place du puits de l'Ermite 75005 PARIS http://www.mosquee-de-paris.net/