カテゴリ:カテゴリ未分類
ということわざがある。あまりにエグイことわざであるが、なぜエグイと感じるかというと、それが真実を突いているからだ。
なぜこんなことを書くかというと、一昨日深夜、私にとって今年初めてのトラブルであるところの「友人との齟齬」について書いたあたりから、アクセス数が多いからだ。 おそらく私の不幸は、人々を楽しませているに違いない。 先ほど、オリーブさんにあっけらかんと母上の悪口を書かれて(コメント欄)、いくぶん気が楽になった私。 オリーブさん、ありがとう。 しかし私はまだ不幸である。正確に言うと、不幸感を引きずっている。 人に憎まれていたという事実の発覚は、いやおうなく私に不幸感をもたらす。 もうすぐ50歳だから(ざっくり言うとね)、気がかりなことは解消しておこうと思ったのが間違いの始まりであった。 人生、知らないで過ごすほうがよほどいいことがあるということが、今回のことでよくわかった。 真実の発覚は、かならずしも人を幸福にしない。 そして私にはよくわかる。真実をぶちまけずにはいられなかった彼女の心のうちが。 なぜかというと、私もそういうタイプの人間だからだ。 私も同じ立場に立たされたら「もはやうやむやにはできない!」と思い、絶対に同じことをしたと思う。 それは絶対に彼女にとって本意ではなかったはずだ。 できればあいまいにぼかしてフェイドアウトへもって行きたがっていたのを、私が許さなかったのである。 私の不幸感を招いたのは、ほかならぬ私自身なのであった。 なのでコメント欄で私に同情してくれるのはうれしいけど、彼女のことは悪く言わないでね。 それはつまり私に対する非難と同じなので・汗! こんなに同じ繰言を言うようでは、母親と同じだよなあ。 気持ちを入れ替えて、ヴァイオリンの練習でもするかな。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2007.01.05 12:58:11
|