|
カテゴリ:まろんのお話
もうすぐまろんの誕生日です 生きていれば14歳 虹の橋に旅立ってから もうすぐ5年 でも 私の心の中では今でもずっと生き続けています 今日は久しぶりに まろんのことについて お話します まろんには健康でずっとずっと 長生きして欲しかったので 大きな課題の発情について 具体的には 肝臓への影響や 卵詰まりなど 女の子特有の病気がとても怖かったです 肝臓を患っていたこともあり 身体が弱く 室温は下げることができなかったので 発情抑止については 睡眠時間の調整や 食事制限をして 分割給餌をしていました 私は少ないご飯を一度にあげてしまうと すぐに食べ切ってしまい 可哀想だからと 多い時では日に十数回に分割し 私の毎日はそのほとんどが まろんへのご飯の給餌で終わっていました だから 私の時間が無くて どうこうではないんです まろんと一緒のその時間が とても幸せでしたから 今でも大切な宝物の思い出です お話したいのは まろんに対する分割給餌は本当に 発情抑止になっていたのか? まろんの為になっていたのか? と後から 疑問に思い始めたことです 当時は良かれと信じて そうしていました でも まろんがいない寂しさを 野鳥撮影で紛らわすようになり 野鳥(特にカワセミ)を観察する機会が増えて 女の子への何よりの愛情表現が 男の子からの求愛給餌であり ご飯のプレゼントだと 知ったからです ペアで飼っていらっしゃる方は 当たり前のように ご存知のことだったのかもしれません でも 私はいつもまろんとふたりきりで 過ごしておりましたし 男の子から給餌を受けることが 求愛を受け入れる(=結婚する、産卵する) 意味だということを 知りませんでした まろんの発情の対象は私だったので その私から空腹な時に 日に何度も給餌されるのは どうだったのか… それで発情抑止に本当になっていたのか… 逆に悪影響だったのではないか... そんなふうに思うようになったのです 本当はもっと毎日お腹いっぱい 食べさせてあげたかったのに… 食事制限や分割給餌なんて しなくてもよければ したくなかったのに… そんな風に考えたら 後悔とともにとても悲しくなりました きっとたくさんご飯を与えたとしても 一緒にいる時間を少なくし まろんがひとりで楽しく過ごせる時間を 作れるようにしてあげられれば 良かったのかもしれません 実際にひとりご飯ができるように 当時も色々工夫しましたが 私がいないとまろんは何時間でも (ビデオで確認) 動かずじっと黙ったままでした そんなふうに寂しがりやさんに 育ててしまったこと もっと心を鬼して寂しさを 克服させて自立した子に してあげるべきだったのだと 思いますが きっと いちばんの問題は 私自身がまろんに依存していた ことだと思います まろんが最後に入院した時 私は悲しみに耐えられず ストレス心筋症と心筋梗塞を発症し 入院してしまい 結局まろんとは 最期のお別れも叶いませんでした それくらい私にとってまろんは 日常の全てでした ウルトラ心配性なので まだ起こってもいないことを あれこれ心配し まろんが体調を崩しやしないかと まろんを失うのではないかと 毎日ビクビクして暮らしていました 当時の私に今 声を掛けることができたなら 「起きてもいないことを心配ばかりしていないで もっともっとたくさんまろんとの時間を楽しんで! 愛情表現を心配することばかりに費やしてしまわないで...」 と伝えたいです そもそも 生態系の異なる生き物と 一緒に暮らすこと 人間の生活の場に連れ込んでしまうことは 人間の勝手な都合であり 本当に無理があることだと思います 考えれば考えるほど周りは 鳥さんにとって 危険なものであふれています そして何より人間が 与えてあげる環境下でしか生きられない 私がまろんと暮らしていたのは もう5年も前なので 今は発情抑止の考え方も異なるのかもしれません それに私のように病的に 毎日十数回も数グラム単位で 分割給餌しているような方は いらっしゃらないと思いますが 何事もほどほどに ひとつのことに縛られないで 広くいろいろな可能性を 探って欲しいと思っています そして鳥類の医学がもっともっと普及と発展をし 鳥類(飼鳥)の病や望まない発情が 今より少しでも恐れるもので なくなることを心から願っています お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[まろんのお話] カテゴリの最新記事
|