鎌倉から横浜方面へ向かう朝比奈峠の険しい山間の奥深く、600本にも及ぶ見事な梅林が隠されています。3月初旬は梅の花が一斉に咲き誇り、その様子は夢の中にいるような、まさに絶景です。日本の花といえば桜ですが、まだ肌寒い冬の終わりに咲き、人知れず散ってゆく梅の花の儚さにも惹かれるものがあります。
十二所果樹園と呼ばれるこの場所は、財団法人・鎌倉風致保存会によって管理され、収穫時期以外は一般に開放されています。この団体は、鎌倉文士の一人である大佛次郎さんが、昭和30年後半の鶴岡八幡宮の裏山開発に反対し発起したのが始まりとされ、日本のナショナル・トラスト第1号と言われています。
大佛さんは、開発反対を連呼するのではなく、鎌倉の自然の素晴らしさを文章にして新聞に掲載し、保存の重要性を訴え続けました。その想いは鎌倉の文化人達の間に飛び火し、やがて大規模な市民運動になり、鎌倉の神域、八幡宮裏山の自然は守られたそうです。
大佛さんの意志を受け継ぐ鎌倉風致保存会の影の尽力は、賑やかな花見の季節を前に、寒さを耐え忍ぶように咲く寒梅と重なるものがあります。そして大きな脅威が目の前にある時、人々が意識を共有しあうことが最高の対抗力になるのだと改めて学びました。物事を論調する時、つい感情的になって批判してしまうことが多いですが、それは何も生み出さないのかもしれませんね。