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ぼくは言った。
「真紀さんこれからずーっとそういう本読むとしてさ、あと三十年とか四十年くらい読むとしてさ――、本当にいまの調子で読んでったとしたら、けっこうすごい量を読むことになるんだろうけど、いくら読んでも、感想文も何も残さずに真紀さんの頭の中だけに保存されていって、それで、死んで焼かれて灰になって、おしまい――っていうわけだ」 「だって、読むってそういうことでしょ」 また宮下さんの言い方が出た。真紀さんとぼくは庭に向かって腰をおろして脚を組んでいた。 さっきたしか草むしりしていたときに出たクローンの再生の話ではないけれど、経験や知識は遺伝子にインプットされることもなければ複写したりすることもないのだが、そういうことよりもむしろ真紀さんが一人で本を読んでいるあいだに感じていることは(真紀さんはあんな言い方をしたが何も感じていないはずがないし、真紀さんは相当いろいろ考えながら読んでいるはずなのだ)結局誰も知ることなく真紀さんと一緒に消えていく。 ぼくは何て言ったらいいのか、やっぱりそれはもったいないような気もしたし、せめてそういう人がいることが知られるぐらいのことがあってもいいんじゃないか、なんて考えてしばらく黙ってしまったが、そのうちにイルカやクジラのことを思い出した。(『この人の閾』保坂和志/新潮文庫より) 「読むってそういうこと」。こういう風にさらりと言ってのける、その言葉の中に含まれていることの多さを思うと、途方もない感じと同時に、どこか、胸がいっぱいになるような気がしてきます。読んでいる、というその時間について、ゆっくりと思いを巡らしていくことも、また愉しいことですね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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