テーマ:暮らしを楽しむ(387432)
カテゴリ:エッセイ
「ぴんぽーん」
「ん? 何か頼んでたっけ」 うちにはあまり人が来ないのに、と思いながら出てみると、見たことあるような奥さんがいた。えっと、誰だっけ? 「雨、降ってきましたよ」 「え?、あ、ありがとうございます」 とりあえずそう言って玄関と反対のベランダに走る。 「ふとん!」と妻があわてて言った。 そうだ。ふとんを干していたんだっけ。けど、誰だっけ? 隣のOさんでもないし、よくしゃべるAさんでもないし…あれ? アパートで話する誰でもないぞ? とにかく布団を取り込んだ。 「誰が教えてくれたの?Oさん?」 「いや…えっと…向かいの奥さんだ」 人の顔を覚えるのが苦手な僕の頭がやっと思い出した。 向かいの人はアパートでなく一軒家である。うちは四階建てのアパートの二階。 引っ越してきてから何度かベランダから挨拶をしたことはあったけど、ここ数ヶ月あまり挨拶もしなくなっていた。 なんだか見下ろしている姿勢から挨拶するのが悪いような気がしていたのだ。 こちらは田舎の新築アパート。昔から集落に住んでいた人にとっては玄関やガレージにいるところを見下ろされる生活になって、どうなんだろ、などと余計な気持ちになっていたのだ。 いや、洗濯物を干したりするときベランダに出たときに目線が上なのでこちらが先に相手に気付くのに、挨拶するタイミングをつかみ損ねて、知らぬふりをしていただけだ。しばらくあいさつをしないと、どんどん間が悪くなっていって、何ヶ月にもなっていた。 そんなうちに、わざわざ雨が降ってきたことを知らせに二階の奥まで上がってきてくれたのだ。 ありがたいことである。 自分が教えてあげなくても教えなかったことを知られることもない、そんな状況で、つい面倒で誰かが困っていることを見過ごしたことってあるかもしれない。自分はほんの少しの時間を使うだけで、誰かの助けになれたのに。 向かいの奥さん、ありがとう。あなたは自然体のひとです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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