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テーマ:映画館で観た映画(8572)
カテゴリ:洋画(た行)
原題: DOUBT 監督・原作戯曲・脚本 : ジョン・パトリック・シャンリィ 出演 : メリル・ストリープ 、 フィリップ・シーモア・ホフマン 、 エイミー・アダムス 鑑賞劇場 : TOHOシネマズシャンテ 公式サイトはこちら。 <Story> 1964年のニューヨーク。 ブロンクスにあるカトリック学校セント・ニコラス・スクールでは、 校長のシスター・アロイシス(メリル・ストリープ)が厳格な指導を信条に日々職務を果たしていた。 一方、生徒の人気を集めるフリン神父(フィリップ・シーモア・ホフマン)は、 ストイックな因習を排し進歩的で開かれた教会を目指していた。 しかし、唯一の黒人生徒ドナルドと不適切な関係にあるのではないかという疑惑が持ち上がり、シスター・アロイシスによる執拗な追及が始まるのだった…。 ダウト-あるカトリック学校で- - goo 映画 <感想> TOHOシネマズデイ2本目は、 アカデミー賞ノミネートでかなり話題になっていたこの作品に。 メリルもエイミーも好きですし、厳格でミステリアスな予告もツボでしたので、 期待度大にて鑑賞してきました。 ダウト、と言いますと、やっぱりトランプのゲームがイメージとしてあるんですよね。 嘘をついているのに何食わぬ顔をしないといけない。 嘘かもしれないからカマでもかけてみようか。 そんな駆け引きのゲーム。 あくまでもゲームだからいいのであって、 これが実生活で起きてしまったら、心の一部分を占めて行ってしまって、 常に重たい石を心に持っていなくてはいけなくなるだろう。 重たい石に、心を砕かれないようにしないといけなくなる。
この映画では、確たる誘導は何もありません。 当のご本人たちですら、何を信じてよいのかわからない。 ハッキリとした証拠もないのに、疑いが疑いを呼んでいく。 常に疑心暗鬼のなかで暮らさなければならない校長は、メリル・ストリープが演じています。 『マンマ・ミーア』よりもこちらの役の方が合っているような気がするな。 舞台は1964年、夫が戦死してから20余年ずっと独りで暮らしてきた環境や人生経験が、 「勘」を生み出したのだろうか。 人生経験からくる直感は、得てして正しいことも多いが、 パターン化していることだと、こうなるはずという思い込みが先行して、 猜疑心ばかりが大きくなっていく。 疑い、疑われてばかりの関係は、お互いの心をいつのまにか疲弊させていく。 エイミー・アダムス演じるシスター・ジェイムズは、人生経験が心を縛りつけていく校長を、頼りつつも行き過ぎな人物と思っている。 しかし、最後に見せる校長の苦悩に立ち会った時、 彼女は悟ったのではないだろうか。 "intolerance" から派生する "doubt" には終わりはないことを。 映像も抑え気味の色彩で、約半世紀前の雰囲気はたっぷりです。 ケネディ暗殺の頃ってまだまだ信じられないほど保守的だったんですね。 言いたいことは分かりますし、それに至る心理戦も積み重ねられており、 主な登場人物の4名の演技は素晴らしいのですが、 展開がやや平面すぎるのではないかという印象を受けました。 『永遠のこどもたち』のように、もうひと捻りふた捻りを期待してしまったのがいけなかったかな? 映画としては悪くない出来なだけに惜しかったです。
今日の評価 : ★★★☆ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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