番外編 Sオバチャマのこと
ちょっとアンちゃんアン7276 さん(私は勝手にこう呼びます、アンちゃんはねぇさんと呼びます。気持ちいいです。 極道の妻にあこがれていた私としては 本望です。)がSオバチャマの事をゴッドマザーのようにとコメントされていたのでやっぱり ちょっとご紹介しておきたいなと思いました。お時間のある方はどうぞお立ち寄りください。私とSおば様がお会いしたのは かれこれ時を溯る事20数年になります。私が20代になりたての頃ご縁があってSおば様のお宅をお邪魔する機会を得ました。その当時よりSおば様はRおじ様(今は亡き)とお二人で今住んでいる TというMelbourneでも指折りの高級住宅街に住んでいました。 Rおじ様が亡くなった後に一度 Sおば様はSという隣町に居を移すのですが、4.5年前よりこのお家にまた戻ってきているようでした。 (実は2年前にメルボルンに来た際に 懐かしくてココにただお家を見たくて 来た事があって その時は彼女が戻っているなどとは夢にも思わなかったのでドアをノックする事は無かったのです。もしノックしていたら又別の展開でしたけど・・・)私が初めて来たときはワーホリの旅行者という事で ホンの数日のお泊りの予定が7ヶ月滞在させて頂く事に為りました。その当時は住み込みのお手伝いの若いお嬢さんがいたのですが、 彼女が辞めたので(実際は辞めさせられたのですが、それはそのお嬢さんから後で聞いた話です。 気の毒な事をしたと思いました。)本来ならば私はどこかでお仕事を見つけて気軽に旅行をたのしむ予定でしたが、私にこのままどこかに働きにいくより オバチャマのお家で家のお手伝い、(朝食と、ランチを作る事、洗濯 掃除 出来ればお夕飯も)その空いた時間に学校でも何処でも通ったらと、そして週50ドルのお小遣いを上げるわの その申し出にそれも悪くないかなとふと思い、申し出をお受けいたしました。 毎日朝6時半に起きて朝食は7時半から8時の間 Rおじ様はミューズリーにトーストBacon&Egg Sおば様はフレッシュオレンジジュース ランチはサンドイッチ 此れが毎日の定番メニューRおじ様は軍関係にタイヤなどのゴム製品を下ろす仕事、Sおば様はT街で旅行代理店を経営されていました。朝食後は洗濯をするか掃除機をかけるバスルームを掃除などでほとんど午前中ですべての家事は終了してしまいますので午後は、ほとんど自由という毎日でした。その空いた時間にChinese CookingJazz DanceMake Upなどの地元のアダルトスクール(怪しくありませんよ。maribi,namonaki,kyu-boshiさん)と呼ばれるカルチャースクールに行って英語の習得に勤しみました。やはり生の英語を見につけるには生活するだけでなく、その言語で何かを学ぶのが早道かと思います。もちろん 恋愛もその一つです。 愛を学ぶ・・・・・英語学校に行っても日本の英語教育の延長でしかないので、 日本人は既に義務教育の中で十分に必要な英文法は身につけていますので、これ以上は必要ないと思います。よって私は何かを習う事によって新しいボキャブラリー 使える英語を身につけることに専念しました。Turn Around 1.2.3 Skip, Hold 本当に簡単な英語ですが此れを実際にJazzクラスの中で言われて瞬時に行動する(反応)まで時間はかかりました。 耳が慣れるまでが正解Chop Dice , Mince, Cut cube, など実際に見て(Chinese Cookingクラス)的確な表現力を身に着けるBlight up your cheek colour お化粧の仕方を習って色の表現の仕方や、西洋人の好みや見せるというに対する私達東洋人とは違うという事に関して興味深かったのもこのMakeUPクラスに参加した賜物です。今思うと有意義な日々を過ごしたなぁと思います。夜になると最初の頃はSおば様がお料理をされていたのですが、 私ももとより料理が出来ないわけではなかったので 私が担当するようになりました。 月1.2回の割合で オペラやクラシック音楽のコンサートに連れて行って頂きました。その当時は岩城 宏之氏がメルボルン交響楽団の常任指揮者だったので定期コンサートには欠かさず生きました。 とりわけ特記したいのが彼女達が年間を通して持っていたお席が(もうこちらではずっと席を年間買いします。日本でもそうかもしれませんが)一番前のま真ん中です。 ですから 岩城氏の真後ろなので彼の吐く息が聞こえてくるのです。その当時のタウンホールは本当にオークストラと観客の席が近くて 今を持ってよく思い出せないのですが覚えているのは 手を伸ばせばの一に岩城氏がいたことです。 岩城氏は1987年 - メルボルン交響楽団終身桂冠指揮者就任されています。本当にびっくりしました。3席を持っていたので私もいつも一緒にご相伴に預かりました。Sおば様の口癖に”私は美智子様とご学友だったの” (ハイ今では美智子皇后です)何でも美智子皇后のご成婚・の発表の前にバスで乗りあわせをしたそうです。 そのときに美智子皇后は何一つお打ち明けられなかった事(???)”あの方は水臭いのよ全然あたくしにお話くださらなかったのよ。” のお話を聞いたしひさんはこの話には???と思いました。Sオバチャマそれは言いすぎでしょう。Sおば様はたまに いえ いつも 面白い発言をされているので 私はいつも胸の中で”オバチャマそれも言いすぎでしょう”と思うことはしばしばでした。ある日仕事から帰ったSおば様が私相手に愚痴ります。”今日はね 貴方 失礼しちゃうのよ 全く あたくしを誰だとおもっているのかしら・話の詳細は割愛します。”あたしが 取って差し上げているのに 失礼しちゃうわ”とぷんぷんです。彼女は先にも書きましたが一介の旅行代理店の経営者でしたが相手は天下の丸々会社の社長さま。という具合に すべて彼女の顧客様は彼女の恩恵にあずかって日本行きの飛行機をチケットをありがたく受け取れるというのが 彼女の頭の中での構図のようでした。でも今思うと これが彼女流のジョークだったのかもしれませんが。 ハテ(・_・?)彼女は私が滞在中に良く口にした言葉が貴方は本当にお茶を入れるのは上手ね(とお褒めの言葉?)今回も 昨日のブログで 書きましたが、私がお茶をいれた (客人なのですが)理由がココにあります。そして 彼女から 相変わらず お茶を入れるのは 上手ね (相変わらずです)のお褒めの言葉を頂戴しました。今日はこの後に娘とKeithを交えて当初より予定されていたSおば様とのお食事の様子をちょっとだけご紹介して メルボルン旅行記を終わらせる予定です。 ちょっとだけ恐いもの見たさが好きな 貴方への 特別プレゼント 心の用意はいいですか? 決して後悔しませんか? ではどうぞ アンちゃん貴方はやっぱり正しかったよ。 やっぱりGod Motherですよね。このときの彼女のお召しはサーモンピンクのインドサリーに 可愛いピンクのカーディガンでした。 隣の方はやっぱりショッキングピンクがお好きな方ですね。 まだまだ愛らしいSおば様いつまでもお元気でAdmirerに喜びと希望を与えてください。私も貴方のAdmirerの一人です。 admirerとは崇拝者 私がSおば様に”オバチャマボーイフレンドは?”の問いかけに間髪をいれずに彼女からの答え”おばちゃはボーイフレンドはいませんけど、Admirerはたくさんいるのよ。”見習いたいと思いました・・・