カテゴリ:井深大 語録
昭和二十七年、日本人がやっと戦争の傷から 癒え始めたころ井深はWE社を訪れた 同社がトランジスタの特許を公開してもいいという トランジスタを使って補聴器を生産するよう 打診された様子 井深は首を横に振った どうせやるならラジオだと言ったら 「そんなもの無謀」だといって冷笑された 当時、高周波のトランジスタを製造するのは 製造技術もなく、とても困難作業だった 帰国後、井深は高周波トランジスタの開発に没頭し ついにこの製造技術を確立した この当時の頃を振り返り まず強い目標をたてる 「やれそうだからやってみよう」というのとは 天と地ほどの違いが出てくる 後に井深は社員の前でこう感想を漏らした お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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