49歳の転業で稼げる年数が80歳まで延びた? <トランクルーム貝塚>
今から18年前の49歳の時に家業の織物業からトランクルームに転業しましたが、これによって60歳までしか織物業を続けられなかったであろう事が、20年延びて80歳までトランクルームで稼げるでしょう。単にトランクルームだけなら80歳までもたないかも知れませんが、後継者もいることですし、地域密着型の周辺事業(不動産仲介、音楽スタジオ、レンタル自習室、卓球場、月極駐車場)のシナジー効果で本業のトランクルームを死守しているという外堀戦略で80歳までイケるだろう・・・と(汗)。まぁ、この20年の差は大きいと思います。355日24時間エンドレス操業の織物工場で肉体を酷使していましたので、60歳まで織物業を続けていたら身体がボロボロになっていたでしょうから・・・(汗)。49歳で自分にストップをかけて、肉体的ににヨカッタのです。年齢に応じた仕事に上手く転換できるかがポイントです。一般サラリーマンは55歳の役職定年で年収のピークを迎え、60歳定年まで右肩下がり、その後継続雇用で65歳まで同じ会社で働けて年収が更に半額程度になりますが、私の場合は49歳で転業していたので「60歳は単なる通過点」でした。サラリーマンも55歳ならまだまだ若く現役バリバリに働けるのに、会社の都合で55歳でギャフンといわされるのもオカシな話ですが。この日本のサラリーマンの宿命とも言える「55歳のショック」を・・・ジョブ型が多い欧米では不思議と思われているでしょう。まぁ人生は長いですから会社のルールや世間の常識に翻弄されないで、60歳を一つの区切りなんて考えずロングスパンでモノゴトを捉えると人生がもっと充実するでしょう。人生をなだらかなカーブにイメージして仕事を変えていけば、年収が激減してヤル気が失せる事もないでしょう。そもそも会社なんて存続させる(倒産させない)ことが第一で、一社員の一生を保証するなんて毛頭思っていませんし、家庭を犠牲にして一生懸命働いてトップに上り詰めた上場企業のサラリーマン社長や役員でも大株主でもない限り会社を辞めたらタダのオッサンという厳しい現実が待っているのです。我々中小零細企業のオーナー経営者は経営権と大株主という両方の権利を握っていますので、こういった右肩下がりの「下りカーブ」とは無縁なのです。まぁしかし、この60歳以降の20年間は右肩下がりではなく平行線で、80歳まであと13年ですから、健康さえありさえすれば十分射程距離の範囲内です。これからはこれまで通り無借金経営を貫き、無理をせず、健康と食事と運動に気をつけて走らず、足元を見つめて着実に歩いていくだけです。とにかく見栄を張るとコストが3倍掛かると言われていますので、これまで通り見栄を張らずに堅実に、地味に・・・まぁ経営者にしてもサラリーマンにしても10年くらいの長期展望をもって先を見つめ「この先どうするか?」と考え続けるのは大事だと思います。自分に落ち度がなくても、世界情勢の変化や会社都合でどうなるかわからない世の中ですから。私もエラそうなことを言っても、その「天変地異」に備えなければ・・・と無意識のうちに緊張しているのか、6,7時間しか寝れずに毎朝4時に勝手に目が覚めるのでしょう(汗)。その証拠にコロナ前のハワイロングステイでは、日本での緊張から解放されたのか、8時間以上寝て朝は8時にならないと目が覚めませんでした・・・(笑)。この自分ではワカラナイ緊張感・・・というのが自律神経を支配しているのか?という事で、私もそうでしたが子育てが一段落した40代後半から50代前半に掛けて、フッと10年先をボヤっと考えるモノですが、ただ考えるだけで終わるか?行動に移すか?で10年後に大きな差がでるのは当然ですが、問題は更にその10年後、20年後と人生が一変するなんて誰も想像できないのです。10年後の未知の人生のレイアウトを描けるか否か・・・? 想像力、妄想力、創造力の勝負です。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ