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ひばかり

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2010/11/18
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カテゴリ:猫屋敷
20060108.jpg

ひしめく車の群をすり抜け、会社へ向かう道すがら
というか、所用により出勤前に会社最寄りの駅へ立ち寄るのが
引っ越しからこちら、ここ一ヶ月程の日課の様になっているのだけど
そこに現れる一匹の野良猫がある。

茶トラに所々薄墨の汚れを纏った様、地味なこの猫
お世辞にも美しいとは云い難いけれど、これが実に愛嬌がある。

十日程前に初めて見掛けた時から
気まぐれの様に姿を見せるその機会を逃さず接見を試み
当初は警戒気味で、逃げ腰および腰だった猫ではあるけれど
ここ数回で随分と仲良くなることが出来
本日などはわたしの姿を見るなり、つつと駆け寄って来たのである。

わあい。仲良しだぜい。いぇい。

と、ここで私とこの野良猫との間柄を客観的に冷静にとらえてみる。
この勝手気ままな野良と、朝の決まった時間にたまたま立ち寄るわたし。
この関係は実に不安定なもので、何の約束も契約も存在しない
一人と一匹の間柄は、例えば双方いずれかの都合により
明日にも二度と再びお目に掛かれぬ日が訪れるやもしれぬのである。

こういった場合、わたしの中には
これまでの経験から績まれたひとつの決め事がある。
それはこの猫に限らず、どんなに仲良くなっても“名前を付けぬ”という事。

名前を付けると情が湧く。


例えば、車の往来激しいひび割れた車道に
母鳥とはぐれたであろう小さな雛鳥が弱々しく儚げに鳴く。

「おかあさま、どちらにいらしたの?」

おお可愛そうに、と、これを拾い家へ連れ帰る。

      ↓

近所のペットショップへ走り、餌やら巣箱やらを購入。
明け方は冷え込むかもしれぬということで
保温用にカイロまで用意し万全を整え、世話をする。

      ↓

一晩もつだろうか?の心配をよそに
翌朝早朝から元気に餌を催促する姿に、ほっと胸を撫で下ろし
その日は午前中の仕事が立て込んでいなかった為
午に一旦帰宅し、世話などしていると
小さくまだ完成途上の翼で元気に羽ばたきの練習。
その姿、微笑ましく眺めつつ
いずれは大空に飛び立つんだなぁ。と再び労役に帰す。

      ↓

午後に割り当てられた職務を遂行しつつ、一念発起。
あの小鳥を立派に育て上げてやろう。と決意。
育てるにあたり、やはり通り名が必要ということで
密かにこれを命名。早く帰らなければ。
なにしろ俺には乳飲み子がいるのだからね。
よちよち、待っててね。

      ↓

ぴょろぽん、今帰ったよ。と名付けたばかりの名を呼びつつ帰宅。
腹を空かして元気に飛び出してくるであろう我が子。
ところが、静寂の奥底に沈みきった巣箱の中
か細く弱々しいながらも、しかと我が指にとまったしなやかな足は
伸び切って硬直し、黒黒と澄んだ瞳は干物の様に乾燥した
変わり果てた姿で小鳥は骸に。

      ↓

ひいいいいいい!何故死んだ?
俺が至らなかったからか?
打ち寄せる悲しみの荒波に、あばば。
溺れもがきのたうち、自問自答に明け暮れる。

     END 

これは私が実際に経験した悲劇である。

また、こんなこともあった。
十年程前のと或るその日、仕事を早々に切り上げたわたしは
仕事で運転する二トントラックにて帰宅。
自宅前の畦道に毛の生えた様、道路路肩にトラックを駐車し
荷台の整理などをしていた。

当時住んでいた家の裏手には、おおよそ一畝ほどの荒れ野が広がっていて
それを眺めるともなく眺めながらの格好で作業していたのであるが
不意にぼやけた視界の片隅、ぴょこんと飛び出る茶色の塊がある。
ややや?とそちらに視線を向けると
体長にして三十糎弱だろうか
小型の哺乳動物が、二本の足で不格好に立ち上がっている。

プレーリードッグだぁ!と、その正体を見極めるが早いか、叫ぶが早いか
はたと我に返った次の瞬間のわたしは
全身泥だらけ、両の手でこれを捕獲し立ち尽くしていた。

恐らく近所で飼育されていたものであろう
その生物を抱え上げまじまじ観察してみる。

鋭く伸びた爪に、げっ歯類特有ビーバーのごとき頑強な前歯。
よくも喰い付かれなどしなかったものだと
後になって己の行動の軽率さに少々ぎくりとなったけども
捕らえられたプレーリーは、よほど人慣れしているのか
はたまた腹が減りすぎて弱っていたのか、終始されるがまま。

その日は夕刻より天気が崩れるとの予報だったので
兎にも角にもこいつを保護しましょうってなことになり
仕事で使用している荷物運搬用プラスチック製籠を逆さにふせた
即席の飼育檻を十秒でこしらえ急場を凌ぎ
我が家へ招き入れることと相成った。

この時点でも、この動物を家族として招き入れ飼育する考えなどまるで無く
あくまで元の飼い主が見つかるまでの保護飼育。
上に記した小鳥の一件があるので、当然ながら名前などは付ける筈もない。

なにより彼には元の飼い主が付けた本来の名前があるはずだからね。

そんなこんなで、近所のペットショップや
娘と同じ幼稚園に通う友達の母親やなんかに
情報収集を依頼し捜索を始めてはみたものの
当初、特殊な動物であるから飼い主はすぐに見つかるだろう、と
高を括っていた捜索は意外にも難航。一向に糸口すら見出せない。

そうして何の手がかりもないまま二日程経過したその日
仕事から帰宅したわたしに唐突、娘がこう云った。

「今日ね、ちび丸が脱走したんだよ」

ん?ちび丸?何? ああ、このプレーリーのことね。
なかなか愛らしい名ではないか。わっはっはっ。

って、うぎゃああああ!なんたることでせう。

これまで、一時保護しているだけの動物ということで
極力感情移入せぬよう一線を引き、努めて事務的に世話してきたわけであるけれど
一旦「ちび丸」なんて名を耳にしてしまうと

たとえばインターネットにて、この動物の習性特質を調査閲したところ
砂漠地帯に生息。砂浴びをば致すとのことだったので
プラケースに少量の砂を敷いた小型の砂場を導入設置してみると
彼、甚くそこが気に入った様子で、すっぽり入り込んで日がな一日そこに居る。
その不格好に仰臥した姿の可笑しさ。
また、即席飼育檻からぱちくり覗くつぶらな瞳など。
世話の合間に垣間見たそれら数々の愛らしい仕草と「ちび丸」という名前が
ゆっくり融合し始め
溢れくる感情に弱い心が支配され始める。

それは「今日は飲まぬ」と誓って訪ねた友人宅にて
まあいいから、と盃を勧められ
まずはビイルなど如何?って、とくとくとく、グラスより溢れる白い泡。
おっとっとっ、と、これに窄めた口を近づける。

こうなるともはや、グラス内で軽やかに発泡する黄金色の液体を
飲み干さずにいられなくなる。そんな感じ。

踵を返したわたしは車に乗り込み
自宅より程近い大型スーパーマーケットへと走り
ラビットハウスという商品名の飼育籠を購入し、帰宅した。

こうしてちび丸が我が家の一員となり、一年程経過した頃である。

当時の我が家は、ちび丸の他にも猫二匹、その他昆虫の類 etc etc  
  
大層賑やかなものであったけれど、なかでも昆虫の類
クワガタムシ、カブトムシをはじめとする甲虫類は
インドネシアなぞに採集に行く程の筋金入りがわたしの知人にあって
わたし自身それの繁殖飼育を請け負っていたこともあり
一部屋まるごとを飼育部屋とし、自分でも把握し切れぬ程の数を
管理していたのである。

で、それをどこでどう嗅ぎ付けたのか
近所の子供達がその昆虫目当てに集い来るようになり
入れ替わり立ち替わりやって来ては「カブトムシ頂戴」などとおねだり懇願。
まあ心優しいわたしは

「誰だ貴様は!挨拶くらいせんかい!浅ましい貧民の子息め!
貴様等にくれてやる虫など無いわ!かっ、帰れー!」
なんて罵倒することは決して無く、思っても。

子供達がやってくるその度に
神が諸民に慈悲を与えるがごとくに、柔らかな笑みを湛え
これを分け与えたものである。

そんな或る日のこと、そうやって集い来る子供達同様
やはり近所に住んでいると思しき女児がやってきて
玄関先に設置した飼育ケージの内にて佇むちび丸を見るなり

「この動物どうしたん?拾ったの?
ウチでも飼ってたけど逃げちゃったんだよね。」と云いだしたのである。

ただプレーリーの場合、一般的愛玩動物である犬などと比すると
飼い主に対する忠誠が有るのか無いのか曖昧で
相対した際に生ずる感情の現れにしても
飼い主であれ、赤の他人であれ、反応の違いが顕著でない為
云いだした女児自身も半信半疑、判然とせぬ様子ではある。

しかしながら詳しく聞くと、なるほど
わたしがちび丸を捕獲した際の状況
この女児の住まいの位置などから類推するに
彼女の家庭で飼育していたプレーリーと、我が家族の一員であるちび丸が
同一生物ではないかと云う彼女の云い分は可能性にして5 6 7 8割方
いや9、99割方正しい。

うむむ、そうか。そうと判れば話は早い。
この場合、答えは考えるまでもない。
当然ながら元の飼い主に返すのが道理であり
そうするのが正しい人の道というものである。
元々一時保護という名目で始めた飼育であるし
ちび丸を元の飼い主に戻すということは

彼自身の生活、この女児の家庭、我が家の暮らしをも含め
全て本来あるべき姿にに戻すだけのことである。

正直者であるわたしは
何故だか先刻より、祭太鼓のごとくにどんどこ打ち乱れる
心の臓の高鳴りを押さえ飲み込み、極めて平常の様子で

「ペットショップで買ったのだよ」

あわわわわわ。わたしは悪人ではありません。
よって、例えばわたしの中に常々どろどろと悪い心が渦巻いていて
その心の黒い舌がわたしにかような言動を発するに至らせたわけではなく

名前。全ての悪とその発端はこの“名前をつける”という
愚行に起因するものなのです。

人間は反省し学習する動物です。
この反省と学習を繰り返し人類はめざましい進歩
更には進化を遂げてきたのです。

よってわたし自身、上に記したような経験を糧に
人類の端くれとして進歩及び進化すべく深く反省し
己の心に戒めのくさびを打ち刻み
二度と再び同様の過ちを犯さぬ様固く誓ったのです。

つまり“名は付けぬ”と。

ところがである。
ああ、わたしはなんたる馬鹿者、痴れ者、うつけ者。

迂闊にも先に述べた駅に現れる野良猫これに
名を付けてしまったのである。

わたしの呼びかけに、にゃあと答える猫。

ずびずばー に対し ぱぱぱや と間髪入れぬ子供のコーラス。

そんなわたしの心情を知ってか知らずか猫、平素よりの習慣のごとく
駅ロータリー外縁部に植え込んであるハナミズキの細い幹にて
がりがりと爪の手入れなどして優雅に佇む。

それを眺めつつ、今日も駅を後にするわたし。

おお、神様、神様、助けてぱぱやー。

20060001.jpg
(愛嬌たっぷりに腹を見せるへぽす氏{♀})




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ヲシテネ。






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最終更新日  2010/11/23 11:27:25 AM
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