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二泊三日の東京旅行から帰ってきたら、
しめじが「とびひ」であることが発覚して、 今週はほぼずっと保育園お休み。 しめじはもともと乾燥肌で肌が弱いのに加え、 こないだ、保育園の山に入ってありえないほど蚊に刺されたときにかきむしったのが原因だと思われる。 お腹とお尻と足がかなりひどいので、抗生物質&かゆみ止めの薬を飲ませ、 かゆみ止めとステロイド入り軟膏も塗る。局所的に。 余計な薬はなるべく控えさせたい方針のわたしと言えども、ここでのストロイドは「必要だ」とわかるので。 ****** 結婚式って、結婚する両人やその家族の価値観や好みがかなり浮き彫りになるイベントだ。 自分とは違う価値観に触れ、世代、職種、文化背景、ひいては男女の違いに思いをはせたりすることになる。 だから、結婚式(特に披露宴)って、考え方によってはつっこみどころ満載の、ネタの宝庫でもあるんだよね。 たとえば、昔、田中真紀子が「社会を構成する最小の単位は家族である」というようなことを 言っていたらしいんだけど、私や夫の場合、社会を構成する最小の単位は?と聞かれたら 当然「個人」と答えるし、それぐらい、私にとって「個人主義」というのは 普段格別に意識をすることもないぐらい、自然なことだし、それ以外はありえないというぐらいのもの。 が、現代の日本において、同じように、「家族」や「夫婦」を自分の人生の基本単位として生きている人たちも、もちろんたくさんいる。 私にとって、結婚披露宴とは、そういう人たちの価値観にまざまざと触れ、あらためて驚いたり、 つっこみを入れたり、同時に多様性や(「違い」に対する)寛容性について学ぶ場所である・・・と言ったらおおげさかしら。 たとえば、私や夫は以下のようなことたちにいちいち反応して、ネタにして話し合ったりします。 ●「○○家と○○家の結婚式」という看板 ●結婚する当人たちでなく、それぞれの男親の名義で、結婚式の招待状が届く。 ●「嫁に行く」「嫁にやる」「嫁に来る」などの言い回し ●中年男性たちのスピーチの中でのせりふたち・・・ 「新婦の家庭的な笑顔に、きっと惹かれたのでしょう」 →「家庭的な笑顔」ってなんだ? まだ家庭を持ってもいないのに。 これほめ言葉なの? 「新郎が外でしっかり働けるように、新婦は家の中を守って・・・」 →新婦と新郎の役割を勝手に外部の者が定義するのもどうかと思う。 両方とも外で働くのもありだし、妻が外で働くのもあり。 そういうのは、両人同士の話し合いのもと決めていくものであるはずだが。 つーかこういう発言って、すでに今じゃ男女差別とみなされると思う。 (新婦が結婚を機に仕事をやめたことに触れて) 「(上司として)新婦に、会社にとどまってくれ、と言いかけましたが、少子化が叫ばれる日本において、それはあまりに野暮なお願いだと思いとどまりました」 他にも、日本は少子化が進んでいる時期だから、子作りがんばってほしい…みたいな言い回しが随所に見られた…。 →少子化は、結婚適齢期の女が仕事をみんなやめて、結婚すれば解消されるとでも? それよりも、子どもが生まれても女が仕事をやめないですむような 仕事の仕方を会社内で新たに構築していくべきではないか。 というか、結婚=子作りっていう発想の押し付けも、そろそろやめたほうがいいのでは…。 子どもをあえて作らないカップル、欲しくてもできないカップル、いろいろいるんだから。 (新郎の父が挨拶で) 「子どもは最低3人欲しい」 →これは新婦にとって、パワハラにあたるような…。 という感じで、私の判断基準が厳しいというか、細かいことに反応しすぎなのかもしれないけど、 でも例えばフランス人が、典型的な日本の披露宴に参加したらきっと同じところに驚くと思う。 とくに、中年男性のあまりにもデリカシーがない言葉の数々に驚くが、 彼らがまったく悪びれてる感がないところを見ると、これが正しい見解だという圧倒的な自信があるのであり、ジェンダーに関して、まだまだ日本ってそういう段階にあるんだね・・・ということが、いたいほどよくわかる。 一番苦手なのは、新婦が泣きながら両親への手紙を読むやつね。 個人主義的な感覚では、一番あれが理解できん。 (やってる人たくさんいると思う、ごめんなさい…) だって、社会に出て働き始めて、自分のお金で生活し始める時点で、自立して、「家の子」じゃなくなっているはず、という感覚が私にはあるから。 (が、前時代的?な感覚では、あれが一番感動的な瞬間だということも同時に理解できる。) 男も同じことするならまだわかるよ。でもするのは女だけでしょう。 その根底にひそむ思想はなんだろう。 今までは家の子で、結婚式で手紙を読んで決別し、次は○○家の嫁で・・・ じゃあ女はいつ自立するのか?と私なんかは思うけど、 これもきわめて個人主義的な発想なんだろうね。 まあでも、披露宴の新郎新婦って、一種のプレイみたいなものなのかな。 それはそれ、で演出として割り切ってるっていうカップルも多そうですね(両親の要望などの事情もあったりして)。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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