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カテゴリ:唄うたいの戯言
僕らの世代は親や祖父母から戦争の話をよく聞かされたものです。
オヤジは満州での勇猛果敢な働きを熱く語っていました。 でもその後で、ふと遠くを見るような眼つきになり、暗く悲しい表情に変わるのです。 死んでいった戦友の話をするときなどは、顔をグチャグチャにして泣いていたのを覚えています。 『独立歩兵隊』という機関銃部隊だったそうです。 「蜘蛛の子を散らすように撃ちまくる」などとも言っていましたが、敗戦色が濃くなる頃には銃弾がなくなり、《ただの鉄の塊》だったようです。 天皇陛下からの預かりものですから捨ててしまうわけにもいかず、数名で抱えて歩いたそうです。 終戦・・・否、敗戦から71年 ・・・そんな父ももうこの世には無く、世の中から戦争体験者がどんどんいなくなっているいます。 『戦争は間違いなく風化している 』それが一番怖いこと ・・・。 国があの戦争に向かっていく流れを止められなかったばかりか 、煽ったのはマスコミであり、それに乗せられた国民だったことを忘れてはいけないのです。 一旦流れができてしまえば誰も止められない ・・・ 今また『国民を守るため』と称して、突き進もうとする(否、自分自身は進まないで後ろの方で見ている立場なのだが・・・)政治家がいる。 大切な青春の想い出が《戦争》でしかなかったオヤジのような若者を作ってはいけない。 《反戦》や《反核》を熱く語る大人たちを、冷たい視線で眺め「なに熱くなってんの・・・ウザイ!」などと平気で言う若者を作ってはいけない。 以前、若いシンガーに「《反戦歌》じゃなく、《平和の歌》を唄いましょうよ」と言われた。 「ざけんじゃねえ!俺の唄うのは《反戦歌》だ!」と言ってやりたかったが・・・。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2016.08.15 09:50:31
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