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テーマ:秋の味覚♪(584)
カテゴリ:食べ物の話
銀杏の煎り塩・・・東海林さだお師風に!!
あなたの前に、茶碗蒸しがある。 無くても、あると仮定して話を進めよう。 あなたの顔は、自然にほころんでいるはずだ。 私、茶碗蒸し嫌いなの!と言う人はどっか行ってもらおう!! あくまで、茶碗蒸しだ!!わーいわーい!と言う仮定で話は進めよう。 茶碗蒸しの魅力は、「ほじる」ところにある ほじによる幸せと言う言葉すら浮かんでくる。 これは、同じようにほじる事を余儀なくさせる蟹で幸せを感じる人多数であることを考えると、すぐに納得出来る。 しかし。 蟹ほじは、ほじっている人がだんだん無口になる暗いほじであるが。 茶碗蒸しほじは、ほじっている人が興奮したり、笑顔になる!と言う明るいほじである。 同じほじ作業を余儀なくさせられる食べ物であるが。 この差はどこから来るのか? 蟹、高いけんね! 元をとらんといかんもんね! でないと、損するかんね! の「けんね」「もんね」「かんね」の法則が当てはまるからか? 狭い足や爪の先までほじほじと、ひたすらにほじる事が惨めさを呼び起こすからなのか? これは、別の研究を待つこととして、 茶碗蒸しほじについて、考えてみよう。 茶碗蒸しほじの魅力は、次に何が出てくるか解らない発掘の魅力にある。 タプタプのプリン状になった卵液にまみれた具材。 箸が発掘した固まり。 その固まりは、ほじっている段階では見えない事が魅力なのだ。 発掘して、初めて全容を表す具材。 トロイの遺跡を発掘したシュリーマンもかくや!の興奮である(言い過ぎかな?) ぉおお!!こんな所に鶏肉が!! おぉ!!まつたけのかけららしきものが! あ、かまぼこね。 うんうん、筍か。道理で歯触りが良いと思った。 ユリネ、入っていたのか!! あぁ、ここの主人は茶碗蒸しをないがしろにして居なかった!! 良い仕事をしている!! と、おいおいと感涙にむせんで。 湯気のせいだけではなく、前が見えない人多数となる(ような気がする)。 それらの具材もさることながら 茶碗蒸しで、発掘して一番嬉しい具材は。 個人的には、銀杏かな? 黄色みを帯びたラグビーボールのような物を発掘した瞬間、 うんうん、ちゃんと入っていたねと微笑み。 銀杏が二個も入っていようものなら、厨房に飛んで行き 料理人をハグしたい衝動にさえ駆られるのである。 が!! ほじれどほじれど、銀杏が出て来ない。 茶碗蒸しについている、木のさじのような物は既に 固形物は無いことを手触りとして教え。 そんなはずは!とずるずると卵液をかき込んで 茶碗蒸しの中に、銀杏の姿を発見出来なかった時の落胆は大きい。 取り敢えず、中座の座興で作った的な仕事をしたな!! 許せん!! 責任者、出てこい!! ガルル・・と鼻息荒く、目は血走ってくるのである。 かのように、茶碗蒸しにおける銀杏の地位は(私的には)不動のものである。 しかし。 じゃあ、銀杏ってどういう味?と問われたら。 これが銀杏の味だ!と即座に答えられないのが、銀杏の銀杏らしさかもしれない。 銀杏は、言うまでもなくイチョウの実である。 雄と雌の木があり、当然だが雌の木にしか実はならない。 普段は、どっちがどっちでも良いと考えている人も、 秋が深くなってくると 頭上のイチョウの雌雄が気になってくる。 それは、銀杏が熟して地面に落下すると 凄まじいまでの異臭を放つからである。 一種の腐敗臭と言うか、人が出す汚物に似た(大笑)臭いと言うか。 その臭気に、犬はくしゃみしたような顔となり。 拾う目的で来た人さえ、素手ではなく軍手を着けているくらいに臭い。 だが、黄色い巨大なさくらんぼのような実の外側が無くなると。 人は、臭いの事も忘れて ワーイワーイと喜んでしまうのである。 木の近くに居ない、スーパーで袋入り・生を見つけたお父さんは、 季節の物だから・・と手にとるが。 茶碗蒸しは、「す」が出来ないようにするのが大変なのよ! 他に何が出来ると言うわけでもないのに、そんなに要らないわよ!と 奥さんに却下されて、わーんわーんとなるのである。 そんな銀杏を木の実狩りに出かけた方から、ビニール袋一杯、生で頂く機会があり。 それを煎って塩にまぶして食べてみました。 100%純粋な銀杏。 炒り豆みたいな要領で良いよね?と、フライパンを熱して煎ってみたものの。 外側が焦げても、まだ中が生だったりと。 臭い外側がなくなっても、肌色の殻は中身を守っている。 いいもんね!文明の利器があるもんね!! もんねもんねと、電子レンジに入れてみると。 1分もすると、電子レンジ内部で爆発音が!! ばちっポン!と、ポップコーンを作っている時の音を大きく いや、もっと重くしたような音が鳴り響き始め。 あわてて取り出すと。 ラップの内側に、飛び散った油のようなまったりとした水分と 弾けて割れた殻が転がり、殻にねっとりとへばりつく銀杏。 割れて飛び散ったのは、ほんの数個で 殻に亀裂が入ったものがその倍くらい。 残りの大半は、殻に亀裂も何も入っていない状態。 先ずは、割れて実が皿の中にぐったりと横たわっている物を回収。 次に、あちちあちちと、亀裂が入った殻を丁寧に取り除く。 そして、大半の丈夫な物達は。 タオルを敷いた飯台の上で、トンカチでかち割られる運命となる。 たまに力が入りすぎても 柔軟な実は、なんとか殻と離れまいと必死の攻防を試みる。 それらの攻防に勝利すると 親指くらいの殻から、二回り小さくなった実が出てくる。 茶碗蒸しの中では、黄色い実と出会うことが多いが。 殻から出てきた銀杏は、初夏のイチョウを思い出させるエメラルド色だ。 まさに、秋の宝玉ここにあり!と思える色合い。 栗よりも小さく、内側の柔らかな渋皮?の存在もあるので 剥く作業も、途中からは面倒になってくる。 早く、この秋のエメラルドを食べてみたい!! 茶碗蒸しでは、どういう味だと言い切れない銀杏を食してみたい!! なので、チンした銀杏の半分くらいで。 取り敢えず!と塩を持ち出す。 口に広がる、渋み。 ん?こういう味だった?ともう一粒。 ねっとりとした油分を含む、まさに「実」の味。 この一粒には、あの巨大なイチョウとなる元が確かにある! そう思わせるに十分な、濃いまでの滋養の味だ。 これだ!と上手く説明する事を拒む、独特の風味は 種であり、青い空に広がる黄色い秋の味でもあり。 あまり食べ過ぎるのは良くないと、手を止めようとして やっぱり、上手く説明が出来ない味に。 もう一粒と手が出てしまうのであった。 ついつい食べてしまい(父がまた、好きなもので。かなり食べてしまったので)数が減りました!! 簡潔にして完結。明瞭にして、明朗な師の文章の足元にも及びませんが。 東海林さだおさんのエッセイを読まれている方に捧げます。 似せて書いてみました。どうでしょう? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2011年12月02日 21時56分46秒
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