僕は、時々ある短大で講義をしています。内容は、皮膚や美容に関するものです。この大学で講義をするようになってから、すでにもう10年くらいになるでしょうか。今では、僕もその短大の客員教授になりました。と言っても実質ではたいした実入りはありません。もともとは僕が大学病院に勤めていたころの非常勤のアルバイトで、いまだに続けているというわけです。とは言っても、勤務医の時代は、給料が少なかったので、この講師のバイトもないよりはましでした。ただ、開業している現在では、自分のクリニックを休診にして、しかも前日には短大の近くのホテルに泊まったりしていますので、完全な赤字です。でも、自分の今があるのも僕がずっとずっと若かった頃、美容学校で学び、そして美容師免許を修得したことによるところも大きいと考え、恩返しのつもりで、講義しています。僕の講義を聞いた学生さんの何人かでも、美容の世界に羽ばたき、独創性のあるアーチストになってくれたらいいなと思っています。
そう言えば、先日短大の講義を終えて事務室の前に行った時、懐かしい人にお会いしました。美容学校時代の担任のW先生です。僕が美容学校を卒業して25年になりますので、僕自身がもう中年のオジサンですから、W先生もかなりの年齢になったはずです。しかし、僕が学生だった頃の、あの笑顔は変わらぬままでした。W先生は、「今じゃ立派になって、私なんかが気楽に会えない人になってしまいましたね。」などと言っていました。それは大きな勘違いなのですが、まあ、勘違いしてくれる身分に今の僕がなったと思えば、悪いことでもないかも知れません。
思えば、僕が美容学校の学生で、W先生のクラスで学んでいた頃、男子生徒はほとんどいませんでした。今では男性の美容師さんも珍しくありませんが、その当時は、美容師と言えば女性の専売特許だったのです。確か、僕は美容学校時代、昼間学校に行き勉強し(実習以外はほとんど寝ていましたが)、学校が終わるとレストランでウエイターをしていました。それで、学費と生活費を稼いでいたと思います。そして、1年間なんとか美容学校に通い、無事卒業し、美容師の免許も取ることができたのです。
僕が、美容学校に行ったのも、そこでW先生のクラスになったのも、単なる偶然かも知れません。でも、今となっては、それらのことは、僕の大きな財産のひとつと言えるほど大切なものになっています。たぶん、僕に美容の経験がなかったり、美容師免許をもっていなかったりしたら、僕は今、美容外科医をしているのかどうかもわからないと思えるからです。確かに、人生は短いとも言えるかも知れませんが、そこで出会う様々なことは、決して無駄ではないと僕は思うのです。また、そう僕は信じたいのです。