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カテゴリ:アニメ感想
まあ、何とも思わない。 テレビシリーズは時が経つとグダグダになってしまうのが常。 凡そ30年間、どれだけ人が変ったろうか。 渡世間や北の国のように役者やスタッフの都合でNGになることだってあるのに、それがあるから観られないのだ。
視聴率には拘らないとしながらも、回を重ねる毎にどんどん際物になって最終的に視聴者から嫌われる形となってしまったのが痛い。 この金八退職ドラマは結局過去を懐かしむ者達の懐古ドラマとなってしまった訳だ。
正直観ていられなかった。 ジャニタレが目立つと前々から思ってたが、殆どがジャニタレの登竜門ドラマとなったのがなあ。 過去はマッチに最近は亀梨。 これが視聴率目当てでなく何と言うか。
逆にアニメはドラマのようなリスクは少ない。 ドラえもんやサザエさんやルパンのように高齢化するケースもあるが。
まあこれでTBSの看板がまた一つなくなったなあ。 どのようにドラマを描くのだろうか。 気にならんがね。
さて、録っておいたドラえもんを観た。 のび太の結婚前夜だったが、テレビ版(新シリーズ)ののび太が情けなかったなあ。 原作を見たこともあるが、新シリーズは原作準拠なのだろう。
映画版のを観た方としては、残念ながらそっちに軍配を上げてしまう。 映画版の方がカッコイイ。
映画って金出して観るから爽快感を味わわせなければならんだろう。 劇場版ヱヴァと同じく。 尤もテレビだってCMを観るという、視聴者の潜在的な購入が働いているから事情は同じだけど。 丁度震災て事もあってCMは自粛だからACのしかなかったが、普段はエポック社とかココスとか小学館とか看板スポンサーの商品を我々は買って支えているんだけどねえ。
さてテレビアニメの内容は、なんだか101回目のプロポーズ的で吹いてしまった。 情けないなりの努力を好きな人に披露するという描写だった。 この12年の間に、男女の恋愛観が随分と変わってしまったなあ。
劇場版は、ドラえもんに頼らなくても大丈夫という話。 恰好よいのび太だと、プロポーズした(された)のび太の立場がぼやけてしまう。 しずかに、危なっかしいという事で最後は頼られてしまうというのである。
こんな恋愛観は過去のものだよなあ。 封建的で。 今だったら信じられない。 嫌われてお終いである。 のび太は過保護でいられないと駄目というのを最後まで露呈させてしまったのだが、一体どうやって劇場版に至るまで成長していったのだろう?
しずかちゃんの交友関係が如何に稀薄だったって事も現れてるな。 御稽古事が日常茶飯事で、のび太が引っ切り無しに顔出すんだから、他の女子との交流が希薄になるのも仕方ないわな。 あることはあるんだけど、のび太がしずか達を仕切って野球させようとする描写があるが、やっぱりのび太にとってしずかが他の女子と遊んでいるのは気に入らないんだろう。 出来杉と付き合う時も邪魔しようとするし、今だったらのび太ってストーカー規制法で処罰され兼ねんな。 独裁スイッチを使うし、ドラえもんの道具を悪用するし、のび太の良心を維持させたのって結局のび太には持ってない力を持つ他のメンバーの御蔭なのだろう。 引き籠って蒲公英と遊んでたりもしてるし。
今の時代だったらのび太はオタクである。 どうして、オタクが美女と結婚できるか、考えたら上記の条件が無いと駄目なんだよなあ。 セワシは極貧の状況を変えるべくのび太の未来を変えさせようとしたのだから、しずかやジャイ子の交遊関係を弄って来たんだろうと考えると恐ろしいな。
しずかに、他の男を触れさせない工作がなんと、少なくとものび太の高校まで続けられているのだ。 ガッコー仮面の上に高校生ののび太がいるのだから。
そうした工作は成功して、社会人になっても雪山に遭難させる三段を企てているのだ。 橋の上の効果ってやつだ。
ジャイ子の場合は漫画家にさせることでのび太と触れさせない様にさせたんだろう。 ジャイ子を缶詰にさせるのはドラえもんの道具によるものだから。
そう考えるとなんだか合理的だなあ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2011.03.28 03:50:35
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