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テーマ:海外生活(7779)
カテゴリ:私の生き方ー考
時々ソウルの地下鉄の中で(私には)欧米人(に見える人)を見かけます。 本当は「あ、欧米の人だ(何か変ですが)」と言うのが妥当?なのでしょうが つい「あ、外人だ」と言ってしまってから「あんたも外人でしょ!」と自分に 突っ込みを入れる自分がいます。(笑) 私はここでは外国人なのです。確かに。 でもここで疑問。私にとって、、、多くの日本人にとって、 「外国人」ってどういう存在を指しているのでしょう。 また「外人」っていうのはどういう存在を指しているのでしょうか。 アジア系の人を突然見かけ「外人だ」あるいは「外国人だ」と咄嗟に思うことは 少ない気がしますが、欧米系の人を突然見かけ「外人」「外国人」と思うことが 多いです。 知識の上では日本人以外の人は皆等しく外人あるいは外国人だと思っているけれど 感性としては「欧米系」の人を外人あるいは外国人と思う、他の誰でもなく、 自分の言動を通して、日本人の感性を考えてみたりもします。 私は外国に暮らしているのにもかかわらず欧米人を見て「外人」と思う。 私の感性が言わんとするのは、欧米系の人はみな「外人」に属し東洋系の人は 外人ではなくアジア人(同列系)ということなのだと思ってます。 ニューヨークに滞在していた時、何回か地下鉄に乗ったことがあります。 その時につくづく「わたしは外国人なんだなぁ」と感じ、そう思おうとしました。 ニューヨークはいわゆる人種のるつぼで、多種多様な人種が住む街ではありますが、 やっぱり欧米系の人が圧倒的に多かったです。 ニューヨークには韓国の人々もたくさん住んでいて、その界隈に行けば そこがニューヨークなのかソウルなのか、感覚的に解からなくなります。 そこでは私は何人だったか?東洋人です。(笑) 韓国人でも、日本人でもなく、アジアンなのです。 でも、それ以外のニューヨークはやっぱり欧米系の街で、そこでは私は 感覚的には東洋系の外国人でした。(短期ステイという意識がそうさせたのかも?) きっとニューヨークの街は、ずっと住んだらニューヨーカーになるのであって どこの国の人かと言う感覚はなくなるのでは?という気もしました。 まあ、私は現在ニューヨーカーではなく、ソウル在住の日本人ですから 残念ながら「アイデンティの揺れる余地」はないです。(それだけ壁があると言う事) 外国に住みつつ、このようなテーマを考えることが出来るのは、とっても 楽しく、意義のある事だと思います。 人類の壁が国境なら、それを越えるアイデンティを持ちたいなと思います。 本日、永住権が取れました。 これがその契機になれば、、、と思ってみたりしました。(笑) 【スタイリッシュの「外国人♪って?」でした】 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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