月棚 その3 『月世界への旅』 マージョリー・H・ニコルソン/訳:高山宏
今日は、天満橋にあるギャラリー「ヘイ・オン・ワイ」で開催された「平穏亭 落語会」に行ってきました。桂一門の若手噺家さんの桂あさ吉さんと、桂ぽんぽ娘(ぽんぽこ)さんのお二人が2時間に亘って、創作落語を披露して下さいました。恥ずかしながら、落語のライブは初めて。講談は見たことあるんだけどね。しかも一つ目はなんと英語落語。これも初体験。ろくに英語は分からないはずなのに、でも分かって、笑えてる自分が不思議。場に合わせたマクラの軽妙さ、間合いの妙、その後にやってくるオチの快感。あんなに笑ったのは久しぶりっていうほど、爆笑に次ぐ、爆笑でした。落語っていいなあとしみじみした時間でした。で、桂あさ吉さんは不思議なオーラがある方でした。英語落語はNYでも講演なさったとのこと。マクラでは色んな笑えるNYエピソードを展開下さいました。桂ぽんぽ娘さんは、ちょっと天然系で、純粋さがにじみ出てる楽しい方。兄弟子さんやお師匠さん、周りの方みんなにすごく可愛がられているんだろうなあって、想像できる人でした。というわけで、「月棚」三夜目に突入です(いきなり)。-----------------------------------------------------------------------しかし、まさにここに問題が生じるのだ!この瞬間をもって、月世界旅行の作者たちが一途に「それらしさ」を追求するようになり、彼らの惑星間旅行をそれらしく見せるための努力を傾けることになるのである。彼らは科学的原理の適用という点を誇るようになり、テクノロジーの荷物を詰め込む分、彼らと、そしてわれわれの想像力を切り捨てることになった。- マージョリー・H・ニコルソン月知系のエンサイロペディアとして、マージョリー・ニコルソンは外せないだろう。この『月世界への旅』は国書刊行会の『世界幻想文学大系』全45巻シリーズのひとつ(第44巻)。荒俣宏氏の責任編集で、このシリーズのおかげで日本に「幻想文学」というジャンルが定着したとも言われている、名品中の名品だ。この『月世界への旅』では、前回紹介したヨハネス・ケプラーの『ケプラー夢』をはじめ、フランシス・ゴドウィンの『月の男』、ジュール・ヴェルヌ『月世界旅行』、シラノ・ド・ベルジュラックの『日月両世界旅行記』など、数多くの月世界旅行譚が紹介されている。それぞれあらすじや背景などを説明しながら、飛ぶこと、空へ向かうこと、さらに月へ向かうことを求めてきた人間の観念の有り様を丹念に開示しているのだ。ニコルソンは、宇宙旅行は「想像の旅」であり同時に「驚異の旅」であったが、その二つは別のものでもある、という視点を提示している。そのため、月世界旅行譚だけを扱っておらず、スウィフトの『ガリバー旅行記』、トーマス・モアの『ユートピア』、果てはルイス・キャロル『不思議の国のアリス』までも登場する。また、「飛ぶこと」「飛ぶ方法」の模索にも重点が置かれている点も興味が尽きない。「ロケット」が登場するまで、鳥、飛行船、凧、花火など、それこそ宙を舞うものならなんでも!な様子がつぶさに見て取れる。ちなみに、ケプラーが月に行く方法として「精霊」を持ち出したのは、月と地球の間には空気はないという自論があったため、「鳥」は使えなかったから、らしい。さて、冒頭に挙げた一文は、エドガー・アラン・ポーの『ハンス・プファールの無類の冒険』という月世界旅行譚を評して書かれたものだ。ポーがこの作品について「科学的な諸原理を適用して、それらしさを生み出そうと腐心した」と述べたことに対する、痛烈とも言える批評である。想像と驚異。人間の中にそれを呼び起こすのは、正しさや理論とはちょっと違うものなのだ。ふと、最近のアニメの中で、やたらとアニメーション自体のテクニカルだけを追求しているように感じるいくつかの作品を思い出す。凝りに凝ったCGとか、窓ガラスの映りこみの細やかさとか。そこに世界観や物語があるのなら、全く問題ないのだけれど。そういう意味で押井守の『イノセンス』はとっても好きな作品だったりする。あれはSFの形を借りた、観念アニメだと思っている。***マージョリー・H・ニコルソンアメリカの英文学者、教育者。1894年、ニューヨーク州ヨンカーズに生まれる。ミシガン大学卒業(B.A.,1914;M.A.,1918)後、1920年に女性として初めてイェール大学でPh.D.を取得。ミネソタ大学、ジョンズ・ホプキンズ大学、ガウチャー・カレッジで教鞭をとった後、1929年から41年までスミス・カレッジで学部長。次いで1941年にコロンビア大学教授に就任し、1962年に退職するまでの最後の8年間は英文学科主任をつとめた。晩年にはプリンストン高等研究所研究員となる。この間、ジョンズ・ホプキンズ大学で師事したA.O.ラヴジョイの影響のもと、ヒストリー・オヴ・アイディアズ(観念史)学派の中心的存在として、17-18世紀の新科学が文学的想像力に及ぼした影響をテーマに多くの業績を残した。1981年没。(みすず書房サイトより)***観念史(History of Ideas)って何かというと、めちゃくちゃ平たく言ってしまえば、考え方とかものの見方、人間が生み出したイメージと概念の歴史、それを従来の観点とは別の線引きで捉えなおそうとするもの、というところだろうか。翻訳の高山宏氏が本書の末尾に掲載している『コネクションズの魅力-マージョリー・ニコルソンの観念史』に、その辺りの方法論が端的に述べられていて、非常にいい手引きになっている。これだけでも一読に値すると思う。●『月世界への旅』(世界幻想文学大系 44巻) マージョリー・H・ニコルソン 国書刊行会 1986関連本●『月の男』(ユートピア旅行記叢書 第2巻) フランシス・ゴドウィン 岩波書店●『月世界旅行』 ジュール・ヴェルヌ 創元SF文庫 2005●『日月両世界旅行記』 シラノ ド・ベルジュラック 岩波文庫 2005