|
テーマ:ちょっといい話!(525)
カテゴリ:心のひだ
皆さん、こんにちは~~~
昨日の義父の49日法要を終えた夜、私は町会館へ 今月末開催の演芸大会の練習のためです。 今年の私の衣装は、コレ 帯のみ自前(昨日ブログ掲載)で、その他のものは借り物です。 町会の持ち物であったり、誰かの私物であったりなんだけど、 よくぞこんなにモノを持っているよね 特にこの大昔の着物は・・・ 80歳近い”座長”が戦時中、 お正月に親に着せてもらっていたもの~とのこと ところどころ刺繍が施されていて、 なかなか貴重なレトロ着物ですわ こういった類のは普通は着られないだけに、 私のテンションもかなり上がっております さて、話は本日の本題へ。 あの3月11日から、8ヶ月ちょっと経ちましたね。 私には、消息を知りたい東北の友人がいました。 30年近く前、同じ会社に入社した”浩恵ちゃん”。 彼女は宮城県内の支店、そして私は我が街の支社配属。 当時の新入社員研修は、入社直前の3月に二度あった。 一度目は東京の研修所において、 全国の新入女子社員を対象としたもの。 そしてもう一回は、 東北北海道ブロックの新入女子社員を対象としたもの。 その時は、蔵王の研修所で開かれたのでした。 今まで実際に浩恵ちゃんと会ったのは、 その蔵王での3日間ほどのみ。 だけど私たちはその時からず~~~っと、 年賀状をやり取りし続けてきました。 今年の年賀状からは・・・ 海辺の町で大家族を切り盛りしているらしい、 忙しいながらも楽しい生活の断片も見えていた。 そしてあの日、震災と津波が起きたのだった。 あの震災の時分は東京にいた私。 東京から帰り、彼女の消息をなんとか知りたく色々試みた。 「person-finder(消息情報)」なるものに登録したり、 「伝言ダイヤル」に録音してみたり・・・とね。 浩恵ちゃん情報が欲しい (3月20日の日記) 本日夕方嬉しい知らせが♪(4月11日の日記) ”命を守れた(らしい)”ということはわかったものの、 その後は何の情報を入手する術もなく・・・。 昨日は義父(舅)の49日。 その夕方に我が家の電話が鳴ったのだった なんと、”浩恵ちゃん”だった。 実は先日、私は(ダメ元で)欠礼はがきを送ってみたのだった。 余白には、こう書いてさ。 「元気にしていますか? 色々捜しました。 T市にお住まいなのかな。 連絡をお待ちしています。」 そのハガキを手にした”浩恵ちゃん”が、 夕べ電話をくれたのでしたわぁ 「どうしてMちゃん(私の愛称)が、知ってるんだろう 私たちがT市に住んでいることを・・・(不思議)」 PCをやらない彼女にしてみると、 「person-finder」の存在など知る由もなかったものだから、 不思議でしょうがなかったようですわ お互いの近況をかいつまみながら語り合い、 この度初めて携帯の番号も教えあいっこしました。 電話を切るのと同時に・・・ ”彼女のために、これから私にできること” に、改めて思いをはせる昨晩の私でした。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[心のひだ] カテゴリの最新記事
|