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おばさんが作った死語ブログ。人生いろいろに語ります。

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November 2, 2002
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カテゴリ:カテゴリ未分類
 「んじゃ、行って来るよ~。」配偶者が力の抜けた声で玄関を出る。それを追って幼児たちが「いってらっしゃ~い。早く帰って来てね~。」決まり文句を叫んで、見かけのテレビの元へ一目散に走り出す。
 おばさんは草履を突っかけて玄関を出、外の寒さに身震いする。・・・なんか羽織って来ようか、・・・ま、ちょっとの事だから我慢して立っていよう・・・・。
 配偶者は寒さに肩をすぼめながら車に向って歩いている。空はすっかり暗い。風も冷たい。
 夜勤への出勤である。
 おばさんは空を見上げる。冬の空。星がちかちかと僅かに輝いている。その輝きよりもはるかに明るい輝きで、夜間飛行の旅客機が飛んで行く。あぁ、昔、こんなふうに夜間飛行の輝きをぼんやりと見つめた夜があったっけ・・・・。
 あれは確か・・・・


 「ほんとに、ほんとに、一回だけだったんだよ。どうしても、って言うから・・・・だ、だけど、その一回で、あいつ、妊娠しやがった」
 受話器の向こうで彼の声は低く、苦しそうに、搾り出すように、その結果を告げた。
 「一回だけで妊娠した。なんてこと、あるわけないでしょ。・・・嘘ばっかり。」苦々しく吐き捨てる。
 私は何かしゃべらなければいけない気持ちにかられ、ただ、とにかくしゃべり続けた。
 「ばかだね・・・あんた。ひっかかったんだよ。そうゆう作戦だったんだよ。」
 「だから、きっぱり別れろ、って言っただろ。」
 「アタシがナシ付けたろか。」
 「包丁用意しときなよ。」
 彼は半泣きだ。それらが冗談でない事くらい、私の性格を知っている彼ならばこそ、とんでもない修羅場が訪れる事くらいわかっているのだ。
 
 彼と付き合いだしてもう1年くらい経つのだろうか。そろそろマジに考え直さなきゃと思っていた。
 賭け事が好きな男だった。遊びにお金をかけるほうだった。そのために借金をする男だった。仕事は持っていたが、遊びを優先するタイプだった。
 私は「金の切れ目が縁の切れ目」にしたくなかったので、彼とは絶対にお金の貸し借りをしなかった。そんなオカタイ性格の私と彼が出会ったこと自体、不思議な巡り合わせだったかもしれない。彼を知っていた私の友人たちは、当時驚愕の目で私たちを見つめ、「『泥だらけの純情』みたいな取り合わせだ。」と噂していたらしい。
 
 レストランで食事をしていても、ふんぞりかえり食べるその様に「食べる時は左手で茶碗やお皿を持ちなさいよ。」「たばこを吸う時は『吸ってもいいですか』と聞いてから吸いなさい。」と注文する私に、彼は驚いて目を丸くし、背筋を伸ばし、言われたようにお行儀良くした。
 なんだかしみったれたチンピラみたいな格好に「もともとはかっこいいんだから、もっときちんとした服を着なさいよ。」「人は第一印象が大事なんだから。」と憤慨する私に申し訳なさそうに恥ずかしそうに笑っていた。もちろん次に会う時には、見違えるようにイイ男になっていた・・・・。

 ・・・・事実は小説より奇なり・・・私は受話器を持ったまま黙りこくった。・・・・こんな馬鹿みたいな事、やってらんない。
 「・・・・どうしよう。」彼は呟く。
 ・・・・自分で考えなよ。自分で作った子供なんだから。
 「ねぇ、どうしよう。」彼は私に何を請うているのか。

 「堕ろしたらいいじゃない。それしかないでしょ。」

 彼は黙る。その沈黙がまた私を怒らせる。なぜ、「うん、そうだね。そうするよ。」と言えないのか?
 私は語気を強めてまくし立てた。「堕ろさせるんだよ。それでアンタが謝るんだよ。俺が悪かった、お前を好きなわけじゃない。こんな結果になったけど、とにかく堕ろしてくれ、って。」
 彼はなおも黙り続ける。私はなおもしゃべり続ける。
 「お金がないの?」
 ・・・いや、金はなんとかなる。借りればイイ。・・・彼がやっと答える。
 「じゃぁ、そうしなさいよ。それできっぱり別れればいい。」
 ・・・でも・・・と、彼が遮る。
 「でも、何よ。」
 「そんな事、俺には言えないよ。子供を堕ろせ、なんて。」

 ふと視線を窓に移す。もうすっかり暗くなっている。二階の自室。目の前の国道を走る車のライトが眩しい。照明をつける気にもならず、そのまま暗闇で受話器を握り直す。もうどれくらいの時間、話しているのだろうか。

 「子供を殺しちゃうなんて出来ないよ。ましてや、殺せ、なんて。」
 「ほんとに、ばかだね、あんた。喜ばれずに産まれて来てどこが幸せになれるって言うんだよ。今なら30分もかかんないで終わっちゃうよ。医者が殺るんだからなんてことないでしょ。」
 ・・・相手の女に同情して、どうすんだよ。あたしの立場、わかってんのかよ。・・・話の展開が変わってきた。出来た子供をどうするかで堂々巡りである。別に私が妊娠したわけじゃないのに・・・。

 「責任取るよ、俺。」あっけなく言う。しかしこれで全てが決まった。

 ばかだね、ほんとにばかだよ。あんなケツの軽い女、突き詰めればほんとにアンタの子かどうかもわかんないのに・・・。ばかだよ。ほんとにばかだよ、あんた。

 「節操ない男、嫌いだから、もう二度と、私の前に顔出さんといて。」あ・・・と、彼が言いかけた言葉に耳を貸す事もなく受話器を置く。そしてまた受話器を取り上げ、そのまま床に転がした。静かな部屋に、やがて受話器からツーツーツーと音が聞こえる。国道を走る車が途絶えるたびに、その音がやけに耳に付く。ぼんやりと外を見つめる。悲しさと腹立たしさでその音が鬱陶しくなり、受話器を置く。とたんに電話が鳴る。鳴り続ける。これ以上、何を話し合うというのだろう。私は電話の音量を切り、留守電に切り替える。切り替えた途端、電話は切れ、またすぐに電話がかかる。その度に留守録のためのメッセージが流れている・・・

 暗闇の中で暗い空を見つめる。夜間飛行の旅客機が窓の向こうの遠くで右から左に飛んでいく。明るく、変に眩しい。涙が流れる。流れ出して止まらなくなる。吐き気がするほどの嗚咽と共に涙がなおも流れる。
 留守番電話が点滅している。まだ、かけ続けているの?もう、やめてよ。
 今の時間は夜間飛行の多い時間帯なのか、また一機飛んで行く。涙でにじむその光。国道の車もいつしか交通量が減っている。夜も更けてきたのか。

 その後約半年の間、留守電は入りっぱなしであった。初めは毎日かかっていたらしい電話も、1週間、半月、ひと月と経つ内に徐々に回数が減り、やがてぱったりと途絶えた。
 
 「男の責任」「責任とるよ」・・・彼の言葉が頭について離れない。それで人生うまくやっていけるって言うの?
 相手の女を知らないわけじゃない。2、3度出会った事がある。私の存在を知っているくせに、バレンタインにチョコを送ってきた。商売女じゃあるまいし、仁義ってもんがあるだろうが。
 「寝取られたんだよ、馬鹿なのはあんたさ、ねぇ。」自分の中の自分が高笑いする。

 1年位した頃だろうか、風の噂で彼はその女と一緒になった事を知る。「できた」から一緒になったらしいよ、と眉をひそめて教えてくれる友人に「へぇ、そうなの。ばかだねぇ・・・」と冷たく答えた。
 友人たちには彼と別れた事もその原因も打ち明けてはいなかった。もちろん友人たちは、休日に暇そうにしている私を見て、言わずとも感づいていたに違いない。しかし触れない方がいい話題であった事は、その噂を知った事で証明された。友人たちの目が途端に「同情」の目に変わった事は感じたが、細かい事情を話すことは私自身のプライドが許さなかった。

 「できちゃった婚」なんて言葉がまだない頃で、そんな事は「恥ずべきマナー違反」の結果だった時代・・・。


 配偶者が車を発進させる。じっと見ている私に気付き、アクセルをゆるめる。
 窓を開け、「行って来るよ~。寒いからもう家に入んなよ~。」
とぼそっと言う。笑顔も寒くてかじかんでいる。
 おばさんは、家族のために今日も夜勤で働く配偶者のために、同じく笑顔をかじかませながら、両手を振って見送る。
 配偶者の車が加速する・・・テールランプの赤が綺麗だ。その赤色がなんだか温かく感じる。

 闇の空には今日もまた夜間飛行の煌めきが光る。
 時間は流れ、状況も情況も変わっていく。
 あの時の自分は一体どこに消えたんだろうか?涙と一緒に流れて消えてしまったんだろうか?
 もしあの時彼が私の言うとおりにしていたら、私と彼はその後どうなっていたのだろうか?
 今となってはどうにもならない、でも、どうでもいいような気持ちがこれらの思い出と共に蘇るのだ。

 ずっと続く闇夜はない。いつかきっと夜は明けるのだ。

 
   

 





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Last updated  November 6, 2002 02:53:43 PM
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