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おばさんが作った死語ブログ。人生いろいろに語ります。

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February 14, 2003
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 和歌奴さんには当然の事ながらスポンサーが居た。いくら売れっ子の芸者さんだからといっても女一人で自分の店を出すにはかなりの資金が要る。隣町のすし屋の大将がソレで、何度かカウンターに来た事のあるので知らない顔ではなかった。和歌奴さんの店は開店から順調な客足で、こちらのお客があっちに回ってしまったかと思うくらいの盛況振りだった。それもそのダンナの宣伝振りもあったからで、ダンナが堅気であるからこその所以かもしれない。
 坂下さんというのは、和歌奴さんの店に板長が世話をした中堅の板前さんで、関東方面からやってきたいわば出稼ぎ板さんだった。もちろん妻子は関東の家に暮らしており、月2回くらい帰ってたかなぁ・・・。
 「寝取る」という表現だから、この三者の間の「一悶着」なんだろう。板長の話はテレビの番組でも見ているような内容だった。

 夜な夜な板長の家に電話が入った。「おやっさん、助けてくれ。殺される。」声の主は坂下さんで、どこか路上の公衆電話から掛けて来たらしい。その頃、携帯電話などない時代だったから、逃げ惑いながらありったけの小銭で坂下さんは状況を話したという。
 夜、店を閉めて暖簾を入れたところへ和歌奴のダンナが現れた。顔は高潮し怒り露わのダンナの出で立ちは右手に日本刀。それを握る拳にはしっかりと晒しが巻きつけられ、眩しく怪しく輝く日本刀と共にダンナは体ごと凶器となっていた。逃げ惑う二人、割れるグラス、毎日溢れんばかりの客で埋まっていた店内は、悲鳴と叫びでほとんどの物が壊れた。それがどれ位の時間かはわからない。裏口から這い出た和歌奴と坂下さんは逃げ惑いながら板長に電話したのだ。不思議とダンナは追っかけて来なかった。破壊された、いや、自ら破壊しつくした店内で独り残されたダンナが何をしていたのかはわからない。隣の喫茶店のマスターが呼んだ警察官が店内に入った時には既に誰もいなかったという。喫茶店のマスターはバツの悪さに「気のせいでしょうか・・・」と笑ったそうだが、気のせいにしては店内の荒れ様に警察官も「酔っ払いの喧嘩でしょうか・・・」と話はそれで終わってしまった。たぶん、店内が血の海だったらそんな流暢な場合ではなかったろうが、深夜に差し掛かったこの町でそんな残忍な事件も起こりはしないと喫茶店のマスターも勝手な想像を打ち消したそうな。

 変に感心してしまったのは板長の対応で、散々の思いで電話をしてきた坂下さんに「ホントに和歌奴と出来とるんか?」それを確認した上で一言「寝取るオマエが悪いんとちゃうか。殺されて当たり前やで。」
 とりあえず、暫く店へは行かない事、当然ながら店は閉める事、店内の片付けは引き受けた事を簡潔に言う。最後に板長は聞いてみる。「和歌奴は今一緒なんか?」はい、と答える坂下さんに「和歌奴とは一緒におったらあかん、あいつはあいつで別の場所でしばらく隠れとった方がえぇわ。」言われた坂下さんはダンナが追っかけてきた時の気遣いかと思ったらしいが、板長は冷たく「・・・おまえらも頭冷やさんとな。」

 板長はさっそく他の板さんが寝泊りするアパートへ出掛けた。深夜に叩き起こされた板さんたちは板長の運転する車に乗り込み、和歌奴さんの店に向った。まず、警察がいないことを確かめる事(事件にしたくない、関わりたくない)、店内に入ったら大声でダンナの存在を確かめる事(間違えて殺されては困るから)、あとは荒れた店内を片付ける事などが車内で板長の指示によりまとまったらしい。
 事件にならなかったのはこうした周りの思慮と配慮の賜物で、幸いだったのが火が付けっぱなしの油鍋が火災を起こさなかった事も要因のひとつだった。火加減を常に一定に保つ、という板場稼業の鉄則の成果でもあったのだ。

 「おい、出前、さめてしまうで。」・・・板長のおしゃべりを切るように、「おやっさん、ええ加減にやめぇや。」とでも言いた気に二番手の板さんが私を睨む。
 は~い、と答える私はたぶん、二番手板さんの意地悪さに口を尖らせていただろう。

 徹夜で店内の片付けをした板前さんたちはその日の昼休憩に皆昼寝をしていた。珍しい。パチンコ行かない日があるなんて・・・。
しかし、板長だけは姿がなかった。そして昼休憩が終わり、夜の営業時間が始まっても来なかった。女将が二番手板さんに尋ねると、昼から休みを取ったらしい。ふん、楽な身分ね、と言わんばかりに鼻をならして女将は奥に消えた。
 後になってわかったことだが、その頃板長は和歌奴のダンナに話をしに行っていた。どんなやりとりがあったかはわからない。それだけはおしゃべりな板長も話してくれなかった。今で言うプライバシーが板長なりに、そこで線引きされていたんだろう。

 その後坂下さんは遠くに残した妻とは離婚もせず、しかし帰宅するわけでなく、おしどり夫婦さながらに和歌奴さんと店を続けた。現在もおそらくやっていることだろう。つまり、あのダンナと和歌奴さんは別れたことになるのかな。

 この「記憶」が先日、やっとのことで「思い出」に変わる瞬間に出会えた。
 おばさんは手話サークルの交流会でそのダンナのすし屋に初めて行く事になったのだ。
 初めおばさんはその店の名を聞いた時、行きたくないな、と思った。今更過去の記憶を駄目押しするみたいにダンナの顔を見たって面白くもない。向こうだってこんなおばさんを見てあの店に居た女の子だ、と気付くわけもない。この「記憶」は人生経験豊かな板長の素晴らしい采配で一件落着したのだと思いたかったのだ。
 いや、こうも考えた。あれから随分経っている・・・そう二十数年・・・。もしかしたらあのダンナ、もうくたばってるかもしれないな・・・。だったら、別に拘らず、日頃の勉強仲間と楽しく食事すればいいさ。別にアタシが悪い事したわけじゃない。過去の「記憶」にアタシが縛られる事はないさ、と。
 結局、後者を選んだおばさんは長男同伴で手話仲間と連れ立って
その日を迎えた。





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Last updated  February 18, 2003 05:34:37 AM
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