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おばさんが作った死語ブログ。人生いろいろに語ります。

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April 14, 2003
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 「いい?学校終わったらカバン置いてすぐにミエチャンとこに来るんだよ。」
 母は出掛けようとするランドセルにそう投げ掛ける。
 「また今日も店休むの?」振り返ったランドセルは口を尖らせてそう答える。
 「こんな時にお金出して飲み屋に来るお客なんかおらんよ。選挙でみんな『ただ酒』呑めるんだからねぇ。」
 「んでも、昨日は遅から店にお客さん来とったじゃんか。」
 「ありゃ、選挙の作戦会議。ツケだけど、酒の5本6本余分に請求書書けるからね。」そう言うと母はニタニタ笑い、ふと我に帰り、まだ不服そうにたたずんでいるランドセルを追い立てて学校へ送り出した。

 小学生も4年生ともなれば、大人の世界が見えてくる。良い事よりも返って悪い事が見えてくる。見えて来だすと自身の中に吐き気に似た嫌悪感が芽生え出し、それは一般的に「反抗期」の始まり、と定義するのだろう。しかしながら本人の思考能力は傍でいうほど成熟しているわけではない。「悪い」ものを「悪い」と思わない大人・社会に自分はどう対処したらよいのか、どう言動したら良いのかわからなくて、不発弾を心の中に溜め込んでいるようなジレンマに漂っているだけなのだ。

 私は待ち合わせした同級生たちとボソボソ歩いて行く。
 「今日もミエチャンとこ行けるの?」友人が聞いて来る。ん?ウン…私はなんとなく気のない返事をする。
 「いいなぁ。あたしも行きたい。ミエチャンとこ、お金持ちだもんねぇ、すごい家だし。」
 うん、そうだけどさ。でも…、と言葉を濁す私。「ミエチャン、意地クソ悪いもんねぇ。ホントはキライ…」
 本音を言う私に、友人は少し間をおいてから、私の顔を覗き込んでつぶやく。
 「いいじゃんか、気にしんで他の子と遊んどったら。ショウちゃんとかマサチャンとかも行くんでしょぉ」
 …うん。そりゃそうだけど。
 選挙が始まってから毎朝こんな会話をこの友人としている。

 「選挙」。これほどに大人が熱狂し一生懸命になるのは一体何故だろう。たった一人の男の為に。ミエチャンのお父さんの為に。

 ミエチャンの父は町でも有名な会社の社長さん。田畑しかないこの町で3階建てのビルに住んでいる。1階2階は会社で使っているが3階はミエチャンたちが住んでいる。ミエチャンちへ行くにはエレベーターに乗って行く。ミエチャンはスピッツという犬を家の中に飼っている。犬を家の中で飼うなんて不思議だ。私は犬が嫌いだから傍に来ると逃げ出したくなる。だけど我慢していればミエチャンのお母さんがケーキやクッキーを山盛りに持ってきてくれるので待つしかない。
 ミエチャンのお父さんが選挙に出ると決まった途端、母は店をろくに開けもせず、毎日ミエチャンちへ手伝いに行く。ミエチャンちが「センキョジムショ」というところになっているから、そこにはいろんな大人が出入りする。昼間は私も学校に行っているからわからないけど、夕方の様子はデパートに行ったような騒がしさだ。特に夕ごはん時になると大人は益々活気付く。それは寿司やオードブルが長テーブルに並べられ、酒・ビール・洋酒などありとあらゆる飲食物が毎日毎夜並べられるのだ。お腹が減っている私は生唾飲みながら眺めているのだが、少し我慢していればそれらのおこぼれを食べさせてもらえる。おっと、寿司は気を付けなけりゃいけない。わさびが入ってるからね。夜も遅くなってきて、ミエチャンちの大きなテレビも見飽きた頃、母は割烹着姿で迎えに来る。顔が赤らんでいるのは飲んでるせいなのかもしれない。とにかく、呑み放題食べ放題なのだ。だけど今日はちょっと様子が違うようだ。
 「お父さんが来とる。はよ帰ろう。」大袈裟に愛嬌振舞いながら男たちの合間を抜けて行く母は何故急いでいるんだろう。

 「あんなやくざもんの手伝いなんか行かんでもイイ。選挙は金を使って当選するもんじゃない。おまえ、なんか間違えとらんか?」
 父は、私は寝入ったと思っているらしく遠慮なく母を叱咤している。ふすまの向こうの様子が見なくてもよくわかる。
 「あそこは兄貴が有名なやくざもんだって知っとるだろうが。そこから流れた金をばら撒いて選挙しとるんじゃ、良心ちゅうもんはないんか。」
 母は黙っているが、じきに反論するに決まっている。決まり文句は「生活かかっとるからね。あんたのお金だけじゃ生活できへんよ。」
 こんなに意見の違いがあるのに、夫婦とは何故いつまでも夫婦なのだろうか。
 私は悪いものを悪いと言う父が大好きだった。家族であって一緒に住めない事情は別としても、反抗期の自分にとって、父の考え方は唯一の光だったような気がする。しかしながら、今もし父がいなくなっても困らない。私は母あってこそ生きていられるのだ。ごはんも学校の道具もみな母が苦慮しながら揃えている事は痛いほどわかっていた。だから、こんな夫婦喧嘩の母の言い分もほとんどが私という存在を大切にするための行動だと納得していたのだ。

 父は黙って帰って行った。やはりいつもより無口だったと思う。家を出る時には必ず私の寝顔を眺めてから出掛けるのに、今日はそれがなかった。寂しかった。


 統一地方選挙。それは町中あげてのお祭りだった。子供心にそう思って、選挙期間中の1週間を楽しみにしていたものだ。

 むかぁし、むかしのお話でした。





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Last updated  April 14, 2003 03:41:15 PM
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