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おばさんが作った死語ブログ。人生いろいろに語ります。

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August 4, 2003
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カテゴリ:カテゴリ未分類
 暑い夏にはデパートに出掛けるに限るというが、銀行へ出掛けるのもまんざらでもない。涼しいのである。
 デパートへ避暑を目的に出掛け、電気代の節約以上に衝動買いして後悔しながら帰宅する事はあるが、銀行へ出掛け、衝動的に貯金して自戒することは無い。銀行強盗だって、衝動的に入る奴もいないよね。それなりに入念に腹くくってやるだろうから。

 おばさんは2,3冊の通帳にハンコを持って出掛ける。…今日はきっと混むだろうか。懐かしい路地を抜け、その銀行の裏の入り口から入る。
 す~っと冷気が「おりこうさん!今年も来てくれたわね。」とおばさんの頭を撫でてくれる。…そう、この支店とは既に20年来のお付き合いだ。店内は適度に混んでいる。「適度」といったのは、待ち客が多い反面、窓口に座って対応している行員も多いから、早く人が流れている感じであるから。…そうだよね、もう今週で最終の週だから、これ位しないと追い付かないかな…。

 この銀行の支店はもう数日すれば閉店してしまうのだ。
 「いらっしゃいませ。お待たせしました。」そう促されて座る景色はずっと変わっていない。ただ、カウンター越しに見える支店長の仏長面やせかせかと忙しいのか歩き回っているだけなのか、背広に身を包んだその行員の面々におばさんの知っている顔はいない。
 「全部の取引を解約したいのですが…」言われた窓口の行員は、ワンテンポ置いて「かしこまりました」と頷いた。
 普通なら「何かお入用ですか?必要な金額だけの解約に致しましょうか?」などと要らぬお世話を焼くのだが、支店閉鎖が決まって以来、おそらく、おばさんと同じように解約の客ばかりなんだろう。

 おばさんは、カウンター越しの行内の風景に遠い日々を重ねてみる…。
 おばさんが長いものに巻かれ過ぎて、気が付いたら「チーママ」を務めだした頃、その支店はオープンした。

 
 「ね、お願いしますよ。何せ、よく知らない土地なんで、出会った人にお願いして歩いてるんです。」
 その頃、昼時になると、必ずやってくる、背広姿の男性グループが私にはわけもなく眩しかった。夏の日差しの中に、汗をふきふきやってくるのだが、不思議と見ていて清清しい気分になる。毎日毎日、薄暗いカウンター越しに見るお客の多くは、昼であってもなんだか不健康な顔つきのお客ばかりで、相手をしている私までもが同じようになってしまうのではないかと憂鬱であったのだ。だから、そんな彼らがやってくると、スゴク嬉しくて、笑顔一つとっても、その頃の私の年齢にふさわしい笑顔についついなってしまうのを私自身も感じていた。年齢にふさわしくない、大人びた愛想笑いや媚びた笑いは彼らには必要ないような気がしていたのだ。

 毎日毎日足繁く通い、呑んで食べて、お金を使ってくれる事に折れたのか、その彼らのためにおばさんの店の一同が普通預金から定期預金、あるいは貸付信託に至るまで、かなりの口数で預金した。おそらく、彼らが店で飲み食いした飲食代をその度に「領収書チョウダイ!」と言っていたら、そこまで協力してやる事はなかっただろう。来る度に、「今日も割り勘だぞ。」「よしよし、給料前だからな。」などと話し合っている様子を見ていれば、一口預金でも協力してやろうかな、という気持ちになるのは、水商売に生きる人間特有の「情にほだされる」という面かもしれない。確かにその頃、昼時や夜にやってきて、自分の飲み食い代を銀行の名前宛の領収書で済ませる行員が殆どであったから、そういう意味でも彼らの存在は新鮮に見えたのかも知れない。
 預金契約をし終わったとたんに足が遠のく事も無く、それが返って好感を持たれ、ほどなく彼らは店の常連となった。
 鼻の高い板長でさえ、彼らが来ると「つきだし」を一品サービスしてやったり、板長たちから「けち」と呼ばれていた女将でさえ、ビールを一本サービスすることもあった。
 私にとっても彼らが来る事が一週間の中の楽しみであり、からかわれ、すかしかわしながら過ごす数時間は仕事も忘れる楽しさがあった。
 そんな私を見て「なんや、あいつら来るとやけにはしゃぐねんな。」と相変わらず意地悪く言う板長の向こうに、二番板さんや見習い君が同じように、軽蔑の眼差しで見ているのに戸惑いを感じたが、その意味が、単純な「やきもち」であることさえ、その頃の私にはわからなかった。

 考えてみれば、そんな私の仕事と精神年齢のバランスの悪さが、やがて店を辞める原因となるのだが、それはそれで致し方ない。これもひとつには「分不相応」というものなのだろう。所詮、二十歳にもいかないネンネにこれほどの店が務まるわけがなかったのだ。

 私が店を辞める、と知った彼らは、途端になんだか事前に計画してきたかと思うくらいに頻繁に私に出会う機会を持った。もちろん、それは彼らグループが計画を練りに練った賜物であった。新しい預金タイプが出た、とか、今は利率がこうだから、来月満期のこの預金はこうしたほうが良い、とか、色んな提案をしてきた。
 しかしながらその態度は無理強いしているわけではない。断れば、「そうだよね。あっはっは。ところで、兄弟はいるの?」とか、突然話題を変えて来る。真面目に答えれば、ふんふん、と、しごく真面目に聞いている。「面接みたいね」と私が言うと、不思議に赤い顔をして、「あ、いやいや、そんなつもりじゃないんだけど…ごめん、ごめん。」と平謝りする。
 そんな不思議な期間が過ぎた時、ふと、私の方からある提案をした。
 「いろいろ預金したけど、いつも難しい言葉ばかりでよくわからないの。もう少し、解りやすく、これからもためになる預金の方法を教えて欲しいんだけど。」
 彼らにそう告げた時、彼らの顔が一瞬気色ばったのがわかったが、やっぱりその理由は私にはわからなかった。そして、彼らにそんな突拍子もないことを頼んだ自分自身も不思議でならなかった。銀行の窓口で問えばいい事だったのに。

 待ち合わせの喫茶店には彼らの中の一人がやってきた。なんだか緊張してる。もちろん私も緊張していた。だって、別にわざわざ喫茶店で商談をするほどの大口預金者でもなかったし、店の休憩時間に来てくれるもんだと思っていたから。
 あれこれと預金について詳しく解りやすく教えてくれた。一般的な話でなく、私自身の預金状況と今後の計画について実践で教えてくれたから、彼の一生懸命に教えてくれる姿は、私にとって嬉しい以上の感覚だった。忙しい仕事をさいて、私のために時間を空けてくれる男性が存在する事に驚きさえ感じていた。水商売に過ごしていると、女性の立場なんか、言葉は誠に悪いが「公衆便所」程度にしか思っていない輩が多い事をイヤと言うほど見て来たからだろう。
  
 ふと、彼がためらいながら問いかける。
 「店辞めるのは結婚するの?」…何度も聞いた事でしょ。うふふ、アタシまだそんな歳じゃないもん。恋人いないし。
 「突然なんだけど」…へ?何?
 「ぼ、僕、いずれ…そのぉ…銀行辞めて…北陸の実家の料亭を継ぐんだよ。」…あ、そう。そう、なんだぁ。
 「だ、だから」…はぁ…、だから?
 沈黙が数秒あったと思う。
 と、そこまで彼は言って、突然大声で豪快に笑い出した。
 「あっはっはっはっはぁ~、うん、だからね、うっひっひっひ…、お嫁に来てくれないかな~~~な~んて思っちゃったりして…、あははははははは…」
 と、そしてまた数秒沈黙があったと記憶している。
 何気なく私は答えた。
 …アタシね、母子家庭で、一人娘なの。
 何故そう言ってしまったのか、今もって私自身悔やまれるが、嘘ではない。真実をそのまま述べただけだったのだが、この一言で彼は全てを黙って飲み込んでしまったような、そんな気がした。


 人生には三度チャンスが訪れる、と聞いた事がある。彼の突然の求婚は確かに私の人生のチャンスであったかもしれない。…もちろん、そう思うのは、そのチャンスが通り風のように過ぎてしまってから気付いた事なのだが。
 
 そんな彼らが過ごしていた銀行も、私が辞めて直後だったろうか、総会屋との癒着が取り沙汰され、大きく世間を騒がせた。それに関する銀行側の陳謝と共に、大きく人事異動が行われた。当然ながら、あの彼らはチリチリバラバラになり、真夏の路地を闊歩する清清しい彼らの姿はもう無いのだと、会社勤めをし普通の生活を始めた私は案ずるだけだったのだ。

 今こうしてこの支店のカウンターに座ると、支店長の死角を狙って、冗談半分で投げキッスしてきた彼らの笑顔が思い出される。もうイイおっさんになっちゃただろうな。あたしもイイおばさんになっちゃたんだから…。
 「長い間のお取引、ありがとうございました。」そう言われて我に返る。
 真夏の空の中で、彼らの清清しさの記憶も、この支店の閉鎖でなくなってしまう。
 「お客様はこの支店の早くからのお取引だったんですね。」不意に窓口の女性行員に話しかけられ、じっと顔を見つめ直してみる。
 おばさんは微笑み頷き返す。「そうです。この支店がオープンしてすぐでしたから。」
 「解約済み」という遠慮のないスタンプを押された通帳を見ながら行員は「こんなに若い番号のお客様番号は初めて見ました」
 微笑み返すしかないかな、と思い席を立った。背中にありがとうございましたと聞こえてくる。

 自動ドアを抜けると熱気が吐き気みたいに襲ってくる。
 あの清清しさは単なる「若さ」の証明だったんだろうか…一瞬わけもなくそんな疑問が心をよぎった。所詮、答えなんか見つからない、解答なんか要らない、そんな時代だったのかも知れない。
 


 久しぶりの日記です。皆さんお元気でしたか?うふふ、ではまたね。





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Last updated  August 4, 2003 10:10:17 PM
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