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全国写真旅・入門

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Nov 30, 2023
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Copyright© ​中山イーフォト (Nakayama e-photo) All Rights Reserved. Since October 17,2005-2023画質下げ書込禁止・設定中 無断複写・転載禁止) MS-Pゴチ11P

  「夫婦で行く全国写真旅100回 記念展」概要(15)

「写真131~138 北海道編(1) 15-11

記念展来場者の要望に応えたネット化15回目の写真概要である。写真番号・展示順に従い、日本地図に沿って展開している。沖縄から北海道迄の写真パネル154枚と、参考情報、及び第二の人生組の応援歌としての標本パネル展示等である。

今回の展示写真131~138は、北海道編(1)の写真である。更に、今年の春先に出かけた東北の写真を【東北写真・4】として若干枚加え、また、「写真旅・参考情報」を更新した。

写真131は、「日本100名城・1番アイヌの城跡」:


 北海道根室市・日本百名城の1番に認定された「オンネモト・チャシ城」の標識である。チャシとは砦を意味するアイヌ語である、と日本百名城のスタンプ帳は解説している。(131)

写真132-1は、「北防波堤ドーム(1)」:


 北海道稚内市・桟橋から駅までの乗換通路を兼ねたドームで、高波と強風から多くの人々を守った大型ドームの全景である。(132-1)

写真132-2は、「北防波堤ドーム(2)」:


 北海道稚内市・この北防波堤ドームは、1931年から5年の歳月を費やして完成している。その後、様々な歴史の変遷を得て今日の姿を保っている。外観と言い、ドーム内の曲線と言い、見た瞬間にその構造美に驚嘆させられるドームである。(132-2)

写真133-1は、「宗谷丘陵フットパス(1)」:


 北海道稚内市・フットパスコース全体の案内図である。ありのままの風景を堪能できる「歩行者小径」であるが、路面はホタテ貝の貝殻で敷き詰められた夢のような小径である。(133-1)

写真133-2は、「宗谷丘陵フットパス(2)」:


 北海道稚内市・この小径は歩行者のみならず、車輌も通行可能である。但し、寒暖差から、写真のように視界が度々不良となる。フォグランプを付けた我車に対して、ライダー達が道路脇に退避して道を譲ってくれた。路面に敷き詰められた白色の貝殻のお陰で路面が明るく、交通安全に一役買っていた。(133-2)

写真134は、「トロッコ列車」:


 北海道美深町・正しい名称は、「トロッコ王国美深」である。森林往復10キロの距離を、自分でアクセリングしながら運転するので、大の大人達の心は完全に童心に戻る。料金も手頃なお薦めトロッコ鉄道である。(134)

写真135-1は、「美幌峠(1)」:


 北海道美幌町・好天に恵まれれば、写真のような絶景が期待できる峠である。その素晴らしさに有頂天となり、思わず天に舞い上がらんとする観光客である。(128)

写真135-2は、「美幌峠(2)」:


 北海道美幌町・好天に恵まれた美幌峠の景色は、私たちの心を癒やしてくれる。四季折々の景色も大きく期待できるお薦めの峠である。(135-2)

写真136は、「五稜郭の外人さん」:


 北海道函館市・有料で浴衣を着せてもらっての記念撮影中の風景を、横取りスナップした写真である。貸衣装と写真撮影に興じる外国人観光客達で商売は大繁盛であった。(136)

写真137は、「五稜郭の石標」:


 北海道函館市・「五稜郭」は、新旧幕府の様々な歴史と箱館戦争の遺構として残されている。現在では、北海道の大きな観光名所であり、収入源でもある。(137)

写真138は、「土方歳三 函館記念館」:


 北海道・「土方歳三・函館記念館」の駐車場に大掲出された歳三の胸像写真である。この写真は、田本研造(たもとけんぞう)氏が撮影したものである。男前の顔立ちの写真も加勢し、未だに老若男女に人気が高い土方歳三である。なお、この記念館は、「石川啄木浪漫館」も併設されていた。(138)

【東北の写真_4】

今年の春先、約二週間に及ぶ東北写真旅を敢行した。以下は、岩手県で出会った写真旅の寸景である。

L-1)「山王岩の男岩」:

 (L-1)

 岩手県宮古市・20110311の「東日本大震災」の津波被害に良く耐えた「男岩」の現況写真である。津波で“痛い”思いをしたためか、顔が少しゆがんで見える。なお、解説板によれば、37メータある男岩は1億年前の石柱で、側に女岩と太鼓岩が添うように存在している。その他、すぐ近くには、津波に耐えた「田老の一本松」も手厚く保護されていた。

L-2「浄土ヶ浜」

 (L-2)

 岩手県宮古市・「浄土ヶ浜」の名称は、極楽浄土のごとし、とのことから呼称されている。しかしながら、その根拠が不確かな浄土ヶ浜である。津波の影響で、姿が以前と異なるだけでなく、営業活動も震災復旧後、一年以上経ってから開業したと苦節の解説がされていた。

L-3「橋野高炉跡の一番高炉」

 (L-3)

 岩手県釜石市・2015年、世界遺産に登録された橋野高炉跡である。日本初の洋式溶鉱炉で、当時の西洋列強の軍事力に伍してゆくための富国強兵活動が、北の果ての岩手県からも上がっていたのである。

L-4) 「毛越寺(もうつうじ)の山門」

 (L-4) 

 岩手県平泉町・2011年、世界遺産に登録された広大な敷地の毛越寺の山門である。なんと言っても、回遊式「浄土庭園」が素晴らしい。

L-5)中尊寺・金色堂:

 (L-5)

 岩手県平泉町・2011年、世界遺産に登録された中尊寺の金色堂と芭蕉の句碑である。国宝の金色堂は、この暗い覆堂(ふくどう)の中に格納され、良さが半減ばかりか、写真撮影も禁止である。堂の右手には、有名な芭蕉の句碑が建立されている。“五月雨の 降り残してや 光堂”である。

L-6) 「源義経の供養塔」

 (L-6)

 岩手県平泉町・「高舘義経堂」に建立された義経の「供養塔」である。施設の規模は小規模ながら、義経人気の高さからか、観光客がひっきりなしに訪れていた。なお、少し離れた場所にある、急襲された義経が涙を飲みながら妻子を殺害したと伝わる墓へも足を向け、両手を静かに合わせた。

L-7) 「武蔵坊弁慶の墓」

 (L-7)

 岩手県平泉町・義経と切っても切れない人物言えば“弁慶”である。実存の可否は別としても、物語には欠かせない人物である。最後迄、義経をかばい“弁慶の立往生”姿で戦死した由。その場所には墓と歌碑が建立されている。歌碑には、“色かえぬ 松のあるじや 武蔵坊”とある。

L-8) 「道の駅・平泉で見かけた完全装備の自転車」

 (L-8)

 岩手県平泉町・全国には、道の駅が公費で1200以上設置されている。そこには、様々な自転車族が集まって休憩をしている。自転車の所有者に会えなかったが、テントを張り、転々としながらの自転車旅をしているようだ。それが可能な高級自転車が次々と開発されている。

L-9) 「道の駅・平泉の朝食」

 (L-9)

 岩手県平泉町・写真旅のため、この道の駅で2泊連泊した。利用した道の駅で心掛けていることは、若干の金銭を使うことである。朝定食の安価もさることながら、ご飯の「ひとめぼれ」がすこぶる美味しくビックリさせられた。数え切れないくらい道の駅の食事をしてきたが、このご飯は“別格”であった。

【参考情報_14_写真旅の小物類(5)】

写真旅には、様々な小物類が必要である。その選択が加齢に伴い段々と難しくなる。以下、その小物類(5)の参考例である。就中、写真旅には軽量小型PC(パーソナルコンピュータ)は必需品である。

1、NEC、ソニー、東芝、ヒューレット・パッカードと渡り歩いてきたが、現在は富士通の小型PCを使っている。買う毎に性能の進歩を実感している。

2、重い画像ファイル作業の関係から、CPUはインテルi7中心で、メインメモリーはSSDの8~16ギガ搭載のPCしか選択しない。更に、不具合を見込み、主と副の計2台を車に持ち込んでいる。

3、当たり前ながら、PCは使えば内蔵電池は消耗し、電池が無くなれば只の荷物となる。そこで、パナソニック製AC・DCインバーターと、Jackery製小型ポータブル電池を積載し、電源体制を確立している。車を走らせながら、インバーターでポータブル電池を充電させている。

4、小型ポータブル電池は、“災害用電源”も兼ね、純正ソーラーパネルも積載している。天気が良ければ半永久的に電源問題から解放される。

なお、暫くの間、当サイトは、変則的な掲載となる。

  0151 全国写真旅・入門 (総集編55)

● このサイトは、次の構成に沿って展開している。(145回目以降)

145:全国写真旅・入門の実際(総集編49)・・・・・・20230428

146:全国写真旅・入門の実際(総集編50)・・・・・・20230529

147:全国写真旅・入門の実際(総集編51)・・・・・・20230707

148:全国写真旅・入門の実際(総集編52)・・・・・・20230828

149:全国写真旅・入門の実際(総集編53)・・・・・・20230928

150:全国写真旅・入門の実際(総集編54)・・・・・・20231029

151:全国写真旅・入門の実際(総集編55)・・・・・・20231130

152:全国写真旅・入門の実際(総集編56)・・・・・・(予定)

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  不透明な“ウクライナ”戦争情勢 日本も危うい!(情報戦10)【21】

ハマスのイスラエルに対するテロ事件で、双方に大勢の死者と人質が捕らえられ、約二ヶ月が経過した。紆余曲折があって人質の“交換”が行われ、しばし休戦のような停戦が見えてきた。この間、各テレビ局では、日本に戻った邦人の取材や、人質交換報道等がなされた。

然しながら、“カプタゴン”と言う死を恐れない“麻薬”が使用され、人間の命の消耗戦が行われていることや、国連関係者が数百人死亡や、多数の現地取材記者の死亡や、仲裁調停の米国のブリンケン国務長官がユダヤ人である等の報道が殆ど無いのが我が国の報道である。

情報収集能力が無いか、敢えて報道を控えているか、或いは、現地邦人ジャーナリストが極度に少ないためか、日本の一次情報の“貧弱感”が際立っている。

その他、今回のテロ事件とウクライナ戦争では、国連の機能不全が明瞭である。にも拘わらず、国際法違反云々と言っている“昼あんどん”の評論家が多いのが我が国の特徴である。過去も、現在も、テロや戦争では、それら国際法等は簡単に蹂躙されてきたのが歴史の現実であるし、未来も・・・。この事実を確りと日本人は直視しなければ生き残れないと感じる。

戦争をする人間は愚かで、小賢(こざか)しくて、極度に残忍な動物である。これらの戦争から真剣に学ばなければならないことは、“性善説”ではどうにもならないことと、戦争をしたくなくても “戦争を仕掛けられる”現実があることである。

そして、戦後約80年もの間、先の戦争の総括を“あやふや”にし、かつ、学習を厳しく真剣に行わずに過ごしてきた日本人は、様々な事実を正しく知り、整理しなければ、深い国防議論は始まらない。直近の台湾、尖閣、北方領土、自己防衛力、情報戦の問題は、明日からの議論では遅いのである。






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Last updated  Nov 30, 2023 01:27:44 PM
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