ブラジルの人
ここ1年日系ブラジルの方と接点が多い底抜けに明るい陽気さと日本人の実直を併せ持った方たち考えてみれば両親は日本人育ったのはブラジル日本とブラジルの感覚を持っているのね仲良くしてもらってんのは自分の両親と同じぐらいの歳のお父さんすごくまじめでやさしいく父の威厳を持っている話しをしてみるとご両親が戦後にブラジルに渡るそんでこのお父さんが産まれブラジルで育ったこのお父さんやさしいんだけどなかなか打ち解けられなかったなんでかって?日本人に意地悪されるからだ特に50代以上の日本人からはひどい仕打ちを受けているだから日本人は信用しないし心を許さないでも自分は日本人なんだって誇りを持っているそこがすごいんだ少しずつ打ち解けてきたそれはおれがそのお父さんに真摯に接する事ができたからと思う1年かかった話しをしてるうちにわかった事がひとつ日本で働いて10年になるがあまり出歩いていない自宅近辺のみなんでか言葉がわかんないし字が読めないから公共の交通を利用できないなるほどあるひお父さん「ぼくのお父さんが産まれた街に行ってみたい」心からの言葉だと思ったのね おれ「おれが調べるからその街に行ってみない?」と提案したすごい笑顔で「行きたい!」と65歳の笑顔は心からの笑顔こころつかまれたぁそれからそのお父さんの親戚の家に連絡してチケットかって役場に電話してお父さんの先祖のお墓の住所しらべてPCで調べて地図や住所や路線をポルトガル語に訳して紙に書いて旅のしおり作ってw旅に出る朝はおれも休みだったか駅まで見送りにお父さんの好きなお赤飯のおにぎり渡して1泊2日の旅まじ心配だった大丈夫かなぁ とか余計な事だったかなぁ とか宿泊する親戚の方から到着してと連絡もらった一安心産まれて初めて会う親戚の方も快く受け入れてくれたようだ旅から帰ってきたお父さんはありがとうの連発だったw「パパが産まれた街に行けてよかった、先祖のお墓に行けてよかった」とその後おれの呼び名が変わったimaさん から imaちゃん になったお父さんはおれをブラジルに招待してくれると海外の友達が1人増えてうれしいお土産も買ってきてくれた「土産は買わなくていい」と伝えたのだがねお土産は東京駅でかった「ひよこ」だったww