夜は暗いから
お前はーーーーーっっっつっっつ山口に帰れ--っつっっつ。大好きだった東京ではなくて中、高校生時代の子供の頃6年しか暮らしていない過疎が進む田舎へ行けと恫喝された。日常的な暴力と非情なこき使われ、疲弊し神経の病気になり完全に壊れて、ワタシは使い物にならなくなったから。利用価値が無くなったら捨てられた。その時空間を切り裂くような大声量で言いながら物を使って胴体を元夫(細○宏氏)に14回殴られた。回数を数えていた。引き続き何度も頭部にも頭突きなどの暴行を受けた。元夫は大声で恫喝しながら、何故怒らせたか身に覚えがないが、その時怒りで顔が真っ赤になっていた。何もしていないのだから謝りようすらない。ワタシはその場で警察を呼んだら傷害罪で現行犯だったができなかった激痛で1週間後病院でレントゲンをとった。ごめんねーーとウソのような軽い言葉で済まされた。暴行を受けて身一つで?何も持たず?出て行けすぐにいますぐ出て行けおまえはいつでていくんだっっっっーーーー!!!!!!?罵声を浴びせられた身内が払わさせられたマンションの頭金すらも奪い取ろうとする行為だった。暴力を受けたいからここにいるんだこうされたいからお前はここにいるんだろなぜ出ていかないんだなぜお前はここにいるんだこう脅されたシーリングファンは?エアコンは?マンションの床は。カーテンは、テーブルは?冷蔵庫は?(沢山あるのだけど全部自分のもののやうな振る舞いで暴行をし、怪我を合わせ暴行を受けたくないならでていけと。ヤクザより酷い やり口だった)キッチンのもろもろは?両親が買ってくれた良い本棚やクローゼットは?地獄絵図のようなひとときが今も脳内で再生されるワタシの貯金をマンションに全部使わせた後あの人は仕事を辞めた。わたしは逃げる資金がなくなったパニック障害だからオフィスのようなところで働くとも発作でできなくなっていた。美容院や歯医者、食べ物屋さんすら入らない。新幹線にも乗れない。当時どこへも行く力もお金もなかった。「仕事を辞めたら、この資格を取れば年収が4000万になる」と言った。嘘だった。そしてワタシは、先住者給与も支払われず徹夜など数日して細○宏氏だけの名義でイラストを書いて本が出ても一円もワタシの口座のお金は払われることがなく無料でこき使われる。税理士などにお願いせず、ワタシが細○名義の経費の大量の入力や一年に一度の決算書も全部やる。先住者給与はやらないと言われた。もらっていない・・・・と言うと殴りがかってきた。お給金が出ずに働かされて、出来が悪いと殴られる。住み込みの家政婦より悪い身分になった。はがきに書くえんぎものの達磨のイラストをたのまれたことがあった。こういう風に・・といわれたが相手の思ったのと違ったようで、机をバンバンたたき、大声を出し叱られた。思ったのがどういう風なのかわたしはあの人でないので分からないし出来がよかろうが出来が悪かろうが報酬はない。靴一足、服1枚かうことはできない。あの人のためだけに使用された私の時間は帰ってこない。マンションを買う時までは夫と自分、二人分の生活費をわたしが出してした。生活に必要な現金などのやりとりはなかった。結婚してすぐは、ワタシは失業給付をうけていたがコレ..どうやって食費とか生活必需品のとかやりくりするのかな?と思ったが、結局金銭は渡されずワタシ自身の失業給付金から二人分の生活費を出していたことも覚えている。中郷にいた時、生活費と何かお金を渡されたことはなかった。その後ワタシははけんをはじめたがワタシが働いた一人のお金で、作ったご飯をあいつは食べていた。サラリーマンの給料があるあちらの口座にお金が貯まっていく。それでマンションを買うときに「俺の頭金」はこれだけある。といつた。生活費をワタシが建て替え続けていたのだからあの人の会社の財形とやらにはお金が自動的に溜まって当たり前だ。二人のお金では無く、俺の金と言った。理不尽だった。苦しかった。なぜ、わたしは東京でホワイト企業に勤めていたのにそれを辞めて名古屋に来てほしいと、まだ辞めないの?などと、養う気もないのに奴は言ったのか??どっちのお金とか関係ないだろ?と言うからそれを信じてワタシの派遣の稼ぎからだしていた。(そもそも結婚前ワタシは、関東時代、自分のお給料で年に二回海外旅行も行けていた。ひろしの親会社に勤めていた。ずっと一人だとしても良い生活ができていた。仕事の評価もとても良かった。相手のために、やめたのだ。口八丁手八丁。なのに、ひろしも名古屋の会社を辞めて名古屋にきた意味がわからなくなった。殴られるから口に出さなかった。名古屋で、身内借金までさせられて。マンションまで買ってしまって宏が名古屋の会社を辞めてもどこにも逃げられなくなってしまった。計算ずくだったらしい。仕事を辞めたらマンションが買えなくなるから先に買ったと後で聞いた。サラリーマン控除がどうとかで返すからとワタシの身内にお金まで借りて騙されて酷すぎる...)フルで働き家事もわたし1人で二人分やる。宏のシャツをアイロンをかけたりクリーニングに出したり。→当時その費用も私・・共働きの夫婦は家事の分担があったり週末は旦那さんが何かをつくってくれたりすると外で聞いて何度も伝えたが、よそはよそと言ったり、「給料の安い方が(給料を家計にいれてくれないのに)家事をやるんだ」時には激怒したりするので言うのを辞めた。DVを受けながらそれだけのことをしていたら脳がパンクして、ガリガリに痩せた。そして呼吸の発作が起きるようになった。マンションの頭金でわたしの身内から借金をするよう(夫から指示されて、わたしが困っていると長々と色々説明させて説得された。その場ですぐに電話して借りる流れになった。最初から返す気はなかったそうだ。その時説明されたサラリーマン控除もウソだった。マンションを買ったのはサラリーマンを..仕事を..やめるつもりだったそうだ。わたしからすれば、それならマンションも名古屋に買う必要はなかった。マンションを買って新しいところに行ったらもう暴力はしないとも。そうやって、ずっとずっと、大きな決断の時は、その場限りの思いつきなどで嘘をつかれてきた)田舎に行きたく無かった。その時点で東京のほうが一年だけだけど住んだ年数は山口より長かった。たくさんの、可能性、それを全てを奪って、使い物にならなくなりカエレとは...中学と高校しか住んで居なくてその当時の数少ない友人は殆ど県外にいる。年寄りしかいないのよ?今わたしの今住む町は平均年齢64歳なのよ。マンションの最初の資金でワタシの貯金はゼロになり元夫細○氏にサラリーマン控除で10年以内に返すからとだまされて、身内にすらお金を借りる電話をその場でさせられて「マンションを買って環境が変わったらDVもやめる」と言った(サラリーマンはやめるつもりだっただからマンションを買っておいたんだと後から聞かされた)だまされたのだ身内にまでその場で電話をさせられてたくさん借りることになった。サラリーマン控除というもので返金が助かるからわたしの身内には10年位内に返すといってる私が幸せになるならと(家庭ではなく事務所になり1日中気を遣って静かにすごさなくてはならず居場所がなくなった)わたしは虐待をずっとうけていてうけてマンションを追い出された追い出したあとすぐに半年もしないうちに既婚者の愛人を呼んで、マンションに入れて住まわせていた。わたしは、マンションの鍵を持っていて何度かものをとりにもどったけどあかりがついていた。1人じゃない気配がしたので入れなかった。玄関の前に知らない自転車が2つあった。暴力をうけたくなければでていけと恫喝された。「暴力をうけたいからおまえはいるんだ。なんで出ていかないんだ」平然と普通の顔をして生きていて、コンサルタント業などをしているけど最初から最後まで15年以上、力の弱い女性に対して暴力や暴言、恫喝、虐待をし続けた最低な人間だった。わたしに対してして水攻めを覚えて居るか・・・・・?????寒い日にベランダに出したのを(大人の私が)おぼえてるか?逃げようとするところを玄関で捕まえて、首根っこをつかんでふりまわしたたきつけたのを覚えているか???暴行に対して、実際、あと10センチずれていたら・・・・とかそういうことがあったけど、命が助かっていたのは神様がいて、助けてくれていたのだと思う。1,2日で、何事もなかったようにしていて、私が何事もあったかのようにしていたり、体で傷つけられたところをかばっていたり、アザを見せたりしたら、とたんに不機嫌になり、夫から受けた暴行でなったといわずにうそをついて、数ヶ月治療をうけたものにたいしても、大げさだと言われたりした。虐待をしたほうはそのときスカっとしてあったことや細かい流れを忘れるのだろう放った体や心のダメージは私のもの有り自分のものではないから。内装のお金沢山払った。ノートにつけている。だけど細谷一人のものでジャイアニズムを発揮された。私は追い出された。その後おいだされたあと、本当に名古屋で1人で辛かった。東京ならよかったのに。町歩きしているだけで気が晴れるのに・・・あんなやつと出会わなければ(というより、出向でわたしのいた会社に名古屋から来た男からの、わたしへの猛プッシュだった全く気が無かったし一度は分かれたが、追ってきた。国立の部屋の外で。あの時の1片の情が明暗を分けた。悔しい・・・・)両親の故郷の田舎。小さなスーパーぐらいしかない。街灯もない。路肩の整備をするお金がなくて草がぼうぼうはえてすさんでいる。背中の曲がった高齢者が多い。レジでみんなもたついている。そのことにイライラしたりはしないけど年寄りより、若い人が好きだから辛い。ワタシが卒業した高校は統合廃校で今年なくなる。夜は街灯がなく、道がすごく見えにくい。1時間に一本しか電車がない。町にお金がないから道が悪い、暗い。だから一年前に事故った。車の運転下手なのです。いまは同世代も若い人が極端に少なく。寂しい。話が合わない。人がとにかく少ない..卒業した高校は統合で今年で廃校になる。日が暮れると人がいない。夜は家に籠る。虫が多い。友達がいない..知人に会っても話が噛み合わない。子供の話している。子供ほしかった。古い考え方、保守的、危機感なくのんびりしている。あわせることはできる。どこか遠くにいきたい冷えると殴られた場所がいたい後遺症。古傷が...ワタシのことで涙ぐんでくれる優しい心を持ってくれる人もいた。人と人がものを使ってながら怪我をさせたら「傷害罪」だと聞いた。さいごの最後に決意して音声も持っている。刑事告訴すべきだった。家の中で暴れて室内をぐちゃぐちゃにして大声をあげてわたしに暴行する場面。めちゃくちゃににひっくり返されたテーブル。割れた食器。はやいうちに逃げる勇気を持って相手を罰したらよかった。名古屋の水害の災害の時に受けた暴力も酷かった頭をものすごく強く打った。人生で一番といえるいたさだった。火花が飛んで、10センチ以上のたんこぶができた。激痛を超えた激痛だった。アザが沢山できた。まだ中川区の中郷に住んでいた。病院へ行きアザなどを見せて診断書を取り警察に行き訴えて慰謝料をもらい東京に戻れたら。鬱とかパニック障害になる前だった。間違った忍耐で泥水の中で飲める水を一生懸命探していたかのようなもので精神が壊れた若い時の私は、今と違って気持ちが優しかったしがんばれば報われるという気持ちがありました。客観的なジャッジができなかった。そんなことになっているを知ったらお父さんお母さんが悲しむと思うと遠くの友人が言ったエディもいるしどうしようと私の自尊心を削るDVの相手と共依存になっていた。人生であの人間とさえ会わなければ...。あの人間がグイグイワタシの人生に干渉してきて意識しないうちに悪い変化へと自分の持っていたものを失う(心や身体の健康すら)ことになり、多くのコントロールをされ決断をさせられたのは貰い事故のようなもので。やはりあの人間が現れなければ人生で望む暮らしが手に入れられていたのに手に入っていたのに捨ててしまったそうしたくなかったけどそうさせられていった貰い事故であり、あの人間のせいであることは自己責任の範疇を超えてハッキリしている#ほそやひろし#DV 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