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カテゴリ:das Thema
往生際悪くあれこれ考えたが、UKで手術をするのが最も妥当なように思えてきた。運も実力のうちという言葉は歳をとるにつれ重みを増してくる。
悔いを残さぬよう、S氏と電話で未確認の詳細を詰めた。 「この内視鏡手術に関し、あなたが監督する件数は年間どれくらいでしょうか。」 「私の生涯での総件数かね。」 穏やかに答えるS氏は、彼の腕に嫌疑をかけられていることを察し、あてこすっているのか。 「いえ、年間平均です。」 「大体50-60件程度かな。」 「手術は局部麻酔で行うと聞いたのですが。」 「いや、全身麻酔だ。君が眠っている間に全ては終わる。その間はマシーンが君に呼吸をさせるって訳だよ。ははは。」 やや安堵する。件の日本人医師から、手術は局部麻酔で行い、痛さの余り泣きながら耐えるようだと脅されていたからだ。 「手術と入院にかかる大体の費用を教えてもらえますか。」 「麻酔と手術で大体1500ポンド。そして、病院に対し2500ポンド位だね。」 相変わらずあっさりと言い放ってくれる。日本だと軽自動車が買える金額なのに。 St.A病院の下見が出来ることを確認し電話を終えた。 その後、St.A病院のマーケティングマネジャーと称する人物から連絡があり、彼が見学の準備をアレンジし、病院の詳細に関するカタログを自分に送付すると約束してくれた。マーケティングマネジャーなんて言葉をこんな所で耳にするとは思わなんだ。 車を走らせ、己の目で確かめたSt.A病院は確かにラブリーな感じで、受付や看護婦の態度も横柄ではなさそうだ。送付されたカタログによると修道院がこの病院の礎になっているらしく、その影響がいい意味で出ているのかもしれない。 これ以上逡巡していても仕方ないので、ついにまな板の上のヒトとなることに決めた。 手術なんて小学校の時の盲腸以来だ。しかし将来UKで手術をすることになるなんて、その頃の自分には予想もつかなかっただろう。ふと、親からもらった体に傷がつく事をなぜか後悔している事に気付く。学生の頃バイクでコケたとき、肘から前腕までストーンウオッシュされた傷がいまだに残っているくせに、今回妙に感傷的になってしまう。その理由は、傷がつくまでの時間を自分で制御できるためなのだろう。 そして数日後、入院の日を迎えた。なるだけ自然に努め、身支度をして荷造りをする。S氏の言葉を真に受けるわけではないが、なんていうことはない、眠っている間に痛みなく手術が終わり、数日間は心地よくないかも知れないが、結局は退院できる。普段読めない本を持ち込み、ベッドでひっくり返っていればいいのだ。確かに、全身麻酔から目覚めるか否か唯一気になる所だが、仮に目覚めなくてもその時は既に本人の知るところではなくなってるわけだし。 病院に到着すると、ジグソーパズルのピースが徐々に埋まっていくかのような進行になる。必要書類を受け渡し、クレジットカードによる支払確認の後、病室に案内される。TV、Bathroom、電動リクライニング機能付きベッドを備えた個室があてがわれた。 丸顔洋梨体型の愛想のいいおばちゃん看護婦とインド系の医者が漫才コンビのようにjokeを飛ばしながらアレルギーの有無や現在の体調などの最新情報をヒアリングしていく。といってもそんなの既に入院前書類に全て書いているので参照して欲しいものだが。 丸顔の看護婦が笑いながら、これに着替えなさいと言って 白いストッキング、紙製?(=多分不織布)パンツ、後ろ開きのガウン を手渡した。パンツはわざわざ穴がない代物だ。一瞬TheFullMontyというUK映画を思い出した。ついにダンサーデビューか。受付ではこれに関するコミッションについて説明はなかったが手術と偽り組織的にこんな商売をやっているとは。履き心地の悪いスケスケのパンツの表から内容物がオボロに見える事を知りうろたえていると、看護婦は小型の電動バリカンを携え、にじり寄ってくる。しまった、これは単に彼女の趣味か。 何をする気か(気は確かか)と問うと、「あなたの胸は毛深くないわね。じゃあ良いわ。」と言いそれを引っ込めた。 「フサフサな男ってカッコよくて羨ましいんだけどね。」 「いや、無い方がいいのよ。生えてくるときが、もう大変だから。チクチクしてねえ。」 この生々しいコメントで彼女の私生活における性的関心に一瞬思いを巡らしたが、ビジュアル的に余りにおぞましいので即座に気持ちを切り替える。ピチピチのストッキングをたくし上げ、丸顔看護婦を見つめ「Show Time」と呟くとベッドに伏して笑う洋梨。この道で生きていく方が人生楽しいかもしれない。でもオヒネリは10ポンド紙幣以上だよ。 最新の肺の状態を知るためX-ray撮影を行い、一人病室で待っていると、S氏登場。さっき撮ったX-rayを見せなさいと丸顔洋梨とインド系に指示を出す、が、様子が変だ。どうやらもうX-ray写真を紛失したらしい。 同僚Vの例もあるように、この国では患者に敬意を表し大切な写真を無くすのが文化的伝統なのかもしれない。結局どこかから発掘したフィルムを手に、「いやー左肺は今も完全につぶれたままだよ。つぶれて折れ曲がっているよ。」と嬉しそうに笑うS氏。ほっといてほしい。それよりそのフィルム、本当に俺のか。 やがて別の50歳台位の医者が出てきた。ロレツが変だ。何を言っているんだか音が時々判らない。医者だという色メガネで見なければこの人と街ですれ違っても怪しい移民にしか見えない。まあロレツが変でも腕が確かなら問題ない。腕が確かかどうか、については、いや、考えるのを敢えて暫く放棄しよう。手術の時間は午後4時頃と決まる。 漫然とTVを見ながら、予定時間を1時間程超過した時、ローラーのついたベッドが個室に運び込まれた。仰向けに乗せられ、お神輿のように手術室へ搬送される。通路を走るベッドとお付きの看護士たち。まるでERだ。ローラーベッドが終点で止まる。例のロレツ氏がゴムキャップにゴム手袋といった外科医の格好をしているのが見える。 何か言っているが、さっきと同じくはっきり聞き取れない。そしてやっと気付いた。この人BlueVelvetのデニスホッパーそっくりだ。さては公私混同して麻酔を自分で楽しみすぎた挙句、言葉が怪しくなったのか。しかし後悔しても手遅れだ。既にグリルの上のヒトと相成っている。 左手に注射を打たれ、戦闘機のパイロットが付けるような三角形の酸素吸入器を鼻と口にあてがわれる。映画やドラマで見た事のある、手術室にはお馴染みの三つの丸い照明を正面から見据えながら、視界が暗転するのすら意識する間もなく、夢見ることもない急峻な深い眠りにあっさりと落ちていった。 〔 To be continued / Fortsetzung folgt 〕 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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