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おいろーぱ野郎

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2005.08.22
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 夜とはいえこの地の蒸し暑さを感じないなんて、ちとまずい。バス停で降りて数十歩ほど歩くと、発光ダイオードの電光掲示を「ラーメン」の文字が天地方向に流れているのが判った。こういう電飾に頼るなんて、いかな日本とはいえ味には期待できない。しかし熱いものを流し込んで薬の効き目を少しでも良くする為には寄らざるを得ない。

 中華料理屋のドアを引き、航空会社のラベルが情けなく貼り付いたままのトランクを、力なく、ずいと押し込む。席数に対し3割程度の客入りの、冷房の効いた小さな店内は、常連さんがVIP席に貼り付き新参者を胡散臭く眺める南ドイツの小さな酒場のようでもある。
 壁面をうっすらと油膜が包むこの店の ドアそばの席にとにかく座り、天井角のモニタに映る日本のTV番組を呆然として見ていると、店主がこちらに近づく。自分の隣を通り過ぎた彼は背後に開け放たれたドアを閉め、場違いな心得知らずの愚か者から店内の安穏と冷気を防衛した。

 注文の後 見回した店内には、カウンターのそばに四角い水槽があった。白いネズミのような奇妙な物体が、そのなかで無様に短い四肢を動かしながら上へ下へと浮き沈みしつつ、ぶるぶると不恰好に泳いでいる。
 大陸でも日没帝国でも、中華料理屋だってせいぜい生け簀に金魚か淡水魚しか泳いでない。母国と違い、異国の地にあっては妙なものを陳列すると商売あがったりだ。実際に何を食わされてるか判ったもんじゃないにせよ、標準的な欧州人ならこのネズミもどきが素潜りをする姿を目撃した瞬間に、その奥行きが暗示するものを嗅ぎ取り、店主へ断りを入れて退出したくなるだろう。

 素潜りに耽るこの生物はかつて日本で話題になったウーパールーパーに似ている。話題になった当時に聞いたが、別名アホロートルというらしい。日昇帝国で大過なく暮らすには、この源氏名は随分哀れだ。ブレアーブッシュとかトニージョージだとか、もっとアングロサクソンっぽい響きがあれば今でもチヤホヤされていただろうに。

 カウンターの背後には隠し味用のツチノコの燻製やヒバゴンの掌、より現実的には紅茶キノコの培養器が隠されていたかもしれないが -- 現代医学との相性もあるのだろうか -- 注文したネギ味噌ラーメン完食後に流し込んだ総合感冒薬PL顆粒の効き目はウーパールーパーの微笑よりも甘く、3件目の医院を翌日訪ねる事になった。

 去年の熱波騒動が記憶に新しいが、大陸でも日没帝国でも、家庭にエアコンなんて物は一般的でなく、車載のそれにしたって効きは悪い。とはいえ、”快適な高緯度生活にどっぷり漬かり人工冷房を拒絶する体になってしまったのが夏風邪を引いた原因”という説明は、全くの偽りでないとしてもややFancyに過ぎると感じる。
 「こっちに長い事居ると、毛穴が充分に開かなくなって発汗の妨げになり、日本で夏を過ごすとき 何とも気持ちが悪い思いをするんだぜ。」と、かつて南ドイツOfficeの元日本人同僚氏が 具体的すぎて何とも気持ちが悪い思いのする助言をしてくれたが、個人的にはそこまでの変化を未だ感じない。ヒトの背負っているものはそう簡単に変わるものではないのだろう。

 結果的に今回のケースでは、ドサクサに紛れて体内に侵入したある種の強い菌のお陰で変に風邪がこじれてしまったようだ。診察した医者達が初めから抗菌剤を処方してくれなかったのは、自分の免疫力に期待してのことだろう。しかし 適切な対応をしても治りきらないという事実は、明日への輝きが最早 己が個体に不足しているという結論を示しているのかもしれない。まだそんなに年寄りじゃないんだけどなあ。

 一年振りの日本で手痛い不覚を取り、旅程の殆どを無為に過ごしても、日没帝国へのJAL便に感傷は通用しない。

 オートバイの耐久レースで言うなら、ガソリン補給のPit-Inの予定が 脱水症状ライダーの治療まで兼ねたようなものだ。朦朧とした意識で仕事という名のコースによろよろと復帰した自分の脇を、夏休みを取らずフルスロットル状態の日本人同僚Nのマシンが疾風のように通り過ぎていく。Hampshireの僻地Officeに出向いたNと一緒に打ち合わせを行ったが、議題ラインの読み、アプローチ、体の切れ、ブレーキングと加速、それら全てで半病人ライダーは圧倒され、Nの姿は視界から遠く風のように消え去った。

打合せを終え、周回遅れの自分がデスクに戻ると、欧州で強制導入する事になったグループウェア的ツールを使い始めたかとNが問う。
「これ、使ってみると意外にいいんですよ。 JさんまだInstallしてませんよね。僕的にはすぐにでも使ってもらえると嬉しいんですけどねえ。」

 仕事柄矛盾しているが、自分はどうもこの手のツールの口上には懐疑的になってしまう。現在のツールと重複しないか、してまで導入する利点があるのか、いやそういう疑問をもつこと自体、労を惜しむ年寄り的発想なのか。
5歳年下のNには新しいものに対する好奇心と才覚が並外れており、新製品の類にはハードソフトの隔てなく投資を惜しまない。モダンテクノロジに憧憬こそあれ懐疑はないようだ。

 「こっちのメンバでも、成績のいいドイツのBjは既に導入済み、かたやフランスのJeは、、、ご想像通りまだなんですよねぇ、明暗を分けてるって言うか。
 登録がないと自分のPCからサービスを利用できないんで、日本のメンバも皆入れて欲しいのに、まだまだです。ここから登録済みメンバが判るんですよ。あっ、営業のMさんやっぱりInstallさえしてない。全くこのオッサンは、ほんっっっっとにITという面でロートルなんですよ。 あっ、こいつもロートル。ここにもやっぱりロートルが。」

 M氏と自分はほぼ同い歳だ。デジタルデバイドなんて便利な言葉があるが、新しい概念を全て真とするのは余りにお子様ランチではないか と言ったが最期、”あっち側+能力不足+ロートル”扱いされるのが今の世の習いだろう。
 やれやれ、このツールはともかく、先ずは周回遅れをゼロに戻して、背中が見える距離に縮める所から始めなければ。畜生、どっかでコケてくれりゃあ楽なのに、さらに加速がついてるなあ。

 脳裏に 白いネズミの泳ぐ姿が浮かぶ。無口なアホロートルに言葉はない。閉じた水槽を日々じたばたと駆け回り、無価値な奴だと蔑まれながら、その超然とした表情を読める者にのみ 静かな微笑のメッセージを送るだけだ。






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Last updated  2005.09.04 11:52:36
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