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EYASUKOの草取り日記

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2009.10.03
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カテゴリ:カテゴリ未分類

天満さんが「望郷のバラーダ」に巡り会ったのは、いくつかの偶然が重なっていた。

と、言うより、この曲と彼女は巡り会うべくして巡り会ったのだ、と

その偶然のドラマティックさを知ったとき、思ったものだった。

まず第一に、チプリアンン・ポルンベスクのこの曲の楽譜は

ウィーン大使館在勤の岡田眞樹氏によってもたらされたものであった。

ウィーンに勤務していた氏は、自身ヴァイオリンを弾く事もある、音楽に造詣の深い方

ある日ふと立ち寄った小さな村のコンサートで

ルーマニアから亡命してきた楽人イオン・ベレシュの演奏に接する

そのコンサートのアンコールに弾かれた曲こそが

ポルンベスクの「バラーダ」と題された曲であった。

8年後再会を果たした岡田氏に、ベレシュは一枚の楽譜を渡し、

「これは、君と最初に会った夜、僕が弾いたルーマニアの秘曲だ。

百年ほど前に作られたものだが、僕は国を出るとき、楽器と共にこの楽譜を持ち出し、

以来、毎日弾いては故国をしのんでいる。時折弾いて、僕のことを思い出して欲しい。

それから、もしこの曲の心を理解して下さるヴァイオリニストがいたら、

君の国に紹介してくれないか」

(天満敦子著「わが心の歌  望郷のバラード」に紹介された

日本経済新聞に掲載された岡田氏の文章より)

そんな岡田氏が、東欧に出張中に

国際交流基金の文化事業でルーマニアを訪れていた天満さんと巡り会うのだった

「バラーダを託す相手は、この人しかいない」と、手渡された件の楽譜

別の曲のCD録音の合間にふと一節を弾いたその曲が

敏腕プロデューサー中野雄氏の耳に止まり

CDの製作、発売、本邦初演のコンサートに繋がっていく

詳しくは天満さんの著書をご覧頂きたいが、

この岡田氏を天満さんのコンサートに招待したのが

中野プロデューサーのご友人の古川ルーマニア大使であり

その古川大使こそが、そもそも、天満さんのルーマニア招聘の元となった方なのだから

本当に、百年の時を越えてポルンベスクの想いが

また、漂白の楽人イオン・ベレシュの想いが

この出会いを実現させたのかも知れないと、

今更ながらに、「事実は小説よりも奇なり」の感慨を新たにするものである。

☆   ☆   ☆

余談であるが

高樹のぶ子著「百年の預言」の下巻に「謝辞」と題する文章が載せられており

その中で、高樹氏は

岡田眞樹氏が、この小説の核となる「謎の楽譜」の作成と音楽的検証に関わったことを

書いている

作中の間賀木奏のモデルは、言うまでもないことであろう

こういうことを考えるのも、「虚実皮膜」の楽しみなのかもしれない。






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Last updated  2009.10.04 00:33:09
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