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ムハの「スラヴ叙事詩」が新東京美術館に来ている。
「ムハ」って、だぁれ?そんなに有名なひとなの?と、疑問を呈されそうだが 何を隠そう、「ムハ」とは、このチェコ人の画家のチェコ風の読み方で 彼が前半生に活躍したフランスでの読み方は、「ミュシャ」 サラ・ベルナールのポスターや、アール・ヌーヴォーのたおやかな女性像で有名な かのアルフォンソ・ミュシャである。 その彼が、パリでの栄光や富を捨て 祖国チェコに帰った後半生を知る格好の展覧会が今東京で開かれている。(6月5日まで) 古くから「ボヘミア」と呼ばれた西スラヴ系のチェック人の多く住むこの国は 神聖ローマ帝国、ハプスブルグ帝国、オーストリー・ハンガリー二重帝国、ナチス・ドイツなどに 侵攻され、支配を受け また、カレル大学の総長ヤン・フスを中心とした宗教戦争の舞台でもあったため 常に国の状態が不安定になっていた。 パリで、国が自由で経済的にも政治的にも富み栄えるとはどういうことか? ということを身をもって知ったムハは 誇り高い同胞のおかれている現状に心騒ぎ 祖国へ、自分の情熱を注ぎ込むために、安楽で贅沢な暮らしを捨てて帰国したのであった。 その作風は、かってのアール・ヌーヴォーの華麗さからガラッと変わり 大画面に勇壮なスラヴ民族の戦いの歴史を歌い上げる群像劇となった。 ムハは家族さえも遠ざけて、田舎の城にこもり すべてをこの一大叙事詩を描き上げることに捧げていった。 近在の住民をモデルとし、描かれた画像は まさにチェコ人の物語を具現している。 それが民族主義の発揚を誘引するものとナチス・ドイツの禁忌に触れ ある日秘密警察に連行されたムハは、 長い拘留生活ののち、その生涯を終えることとなってしまった。 このムハの生命をかけた情熱のあかしを一堂に知ることのできる得難い機会である。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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