テーマ:博物館・資料館めぐり(144)
カテゴリ:観光日記(県外番外編)
さて奈良の続きです。
奈良は歴史都市です、さてその昔の奈良の都がここ・・・ 平城宮です。 平城宮は平城京の中心、平城京はこの平城宮から南へ3.7km先の羅城門が入り口となります、 南北5km、東西6kmの古代都市です。 そしてこの平城京の中心平城宮の入り口が羅城門から朱雀大路を北に進んだ先にあるこの朱雀門です この先が平城京の中心部平城宮となります。 まあこの朱雀門から3.7km先の羅城門までが今でいうところのメインストリートなわけですね。 ちなみにこの朱雀門年中開け放たれていたわけではありません、通常はこの門は閉ざされていて、 開くのは外国からの使節が来た時や帰る時、天皇が出入りする時、 この先の平城宮には今でいうお役所が立ち並んでいるわけですが、普通の役人はこの朱雀門から出入りしません、 他にたくさんある別の門から出入りします。 これはそのたくさんある別の門の一つ「建部門」 平城宮には朱雀門のほかにこの建部門を含め11の門がありました、 朱雀門の東西に壬生門(東)、若犬養門(西)、 東側にちょっと出っ張った東院正面に2つ、小子部門(西)と建部門(東)、東側に呉犬養門 平城宮の裏側にあたる北側に3つ、猪使門(中央)、海犬養門(西)、丹比門(東) 西側に3つ、伊福部門(北)、佐伯門(中)、玉手門(南) でこの出っ張った東院には庭が作られていて・・・ こんな感じ・・・ この平城宮の中は言ってみれば御所と役所が密集地た場所、 これは天皇に使える宮内省の跡(復元) これらの復元された建造物、発掘調査から復元したものですが、 平城京はその後遷都されて長岡京に、平城京の建物は解体され長岡京に移されましたので後には礎石の跡とかしか残ってないわけです、 これでは当然上にあった建物がどんなものだったかは分からない、 雨水を流す樋の跡から軒の出を予測したり、同時代の法隆寺などの建築物から当時の建築様式を予測したり・・・ まああくまでも予測で、たぶんこんな建物だったのだろうというのがこの復元した建物なわけですね。 で、この平城宮の中心がここ・・・ 大極殿です・・・ 朱雀門を入った正面にあたるのがこの大極殿・・・ なんですが実は平城宮の中って何度か作り替えられていて、大極殿も2か所ある・・・ これは古いほうの大極殿を再現したもの・・・ その後なぜか大極殿は朱雀門から少しずれた壬生門の正面に移動・・・ まあ平城宮の真ん中と言えばこっちのが真ん中な気もするけれど。。。 なんで動いたのかはよく分からないそうです。 政治的な何かがあったのかもしれませんね。 これが新しいほうの大極殿の跡、基礎だけ再現されてます。 第二次大極殿は大極殿の後ろに内裏があります。 この時代の建造物は中国の影響を強く受けていますね。 なんとなく中国っぽい建物でしょう・・・ でもって次の奈良は・・・ ここ、 春日大社・・・ 春日大社も現在造り替え中、一応この本殿が国宝です。 でもなんか朱塗りがきつい気が・・・ 一度来ればいいかな?・・・ 国宝だろうが何だろうがあんまり好きでないのはあんまり好きでないのです・・・ そんだけ、春日大社終わり。。。 え~と最後は温泉でも・・・(笑) 洞川温泉です。 これで「どろがわ」と読みます。 温泉地としての雰囲気は悪くないと思います。 修験者の霊峰、大峯山の入り口、霊峰大峯山は女人禁制で古くはこの洞川温泉は遊郭の役割も果たしていたんだそうですよ。 泉質は普通、特に特徴なし・・・ 単純泉だし・・・ ということで奈良終わり・・・ ではまた・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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