老化の怖さ
お父さんの父親は現在82歳。この間まで本人が83歳と言っていたのでそうだと思っていたが、先日パスポートの増補(パスポートのベージを増やす)の申請に行ったときに、年齢早見表があり、父親の生まれ年の欄の年齢が82歳になっていて気が付いた。 本人に確認したら、やはり82歳と答えたのでわかってはいるらしい。それでは昨年まで83歳と答えていたのは何なのかと疑問は残ったのだが。 お父さんの父方の祖母は認知症だったので、お父さんの父親も高齢になり、認知症になるのを恐れて、何度か検査をしている。そのたびに「問題なしで、テスト成績もよかった」と聞いていたので安心していたのだが、最近そうでもないということがわかってきた。 会話をしていても特に不自然なところは無いし、過去の記憶の改変はたまにあるのだが、老化現象としては軽いものだと思っていた。しかしながらある話題になったときに、そんなことも記憶からなくしてしまったのかと驚いた。 10年ほど前、我が家の知人が脳腫瘍との診断を受けて手術をした。会社を2年ほど休んで療養していたので、我が家も何かと対応することがあった。我が家にとっても大きな出来事であったのだが、その記憶を一切忘れていたのだ。 脳腫瘍の手術をしたことも、その後てんかんの発作を起こすようになっていることも記憶からすべてなくなっていた。 現在もその知人と付き合いがあるにも関わらずである。 お父さんはこの事実にかなり驚くと同時に、怖くなってしまった。あれほど騒いでいろいろあった記憶がゼロになるということは、今後も大事なことの記憶をなくしていく可能性が十分にあると思ったからだ。 認知症ではなくとも、記憶をなくしていけば会話は成り立たなくなってくるし、それに悩むようになれば、老化がさらに進むかもしれない。 今まで父親はまだ大丈夫と思っていただけに、今後どうなるのかと一気に冷や汗が出る出来事だった。 また、それと同時に自分が年をとったとき、同じように記憶をなくしていくことになるのかと思うと、とても怖くなってしまった。認知症などとはまた違う身内の脳の老化現象を目の当たりにし、自分の老後をリアルに想像したのはある意味初めてかもしれない。 老いたくて老いる人はいない。老いたくなくても老いていくものだけに、自分でどうにかなるものではない。死に対する覚悟はある程度できてきた気がしていたが、老化に対する覚悟が足りなかったと認識させられる出来事だった。